60数個のトンパック出しをしたお宅はやがて取り壊しになる(援人号 南相馬・小高行き 0523便)

Posted on 2014年5月26日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0523便、2014年5月24日(土)の南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でボランティア(援人 2014年 0523便)

この日のお手伝い先は、田園地帯のやや高台にある大きな個人宅。

敷地内には母屋の他に農具用納屋、物置、広い豚小屋内などがあり、それら複数の建物からの家財や道具の搬出、分別、トンパック(1トン入る大型土のう袋)詰めが依頼された内容だった。

小高によく来ているチームJさんと共に、合計21人でのお手伝い(その後、他の現場が終わった3人チームが駆けつけてくれ、本当に助かった)。

膨大な量の被災財の片付けがあり、他にもビニールハウス解体や草刈りも依頼されていたが、到底追いつかない、と早い段階で見切りをつける。家財出しだけでもなんとか──と、作業中少しでもボトルネックが出ないよう何度も配置替えをし、特に体力にまだ余裕がありそうな人にはキツめの作業をどんどんお願いしていった。もっと人手がいれば、と痛感しながら、ぼく自身も夢中になって作業を続けた。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でボランティア(援人 2014年 0523便)

全員が埃まみれ、汗だらけになり、終盤は無言になるほど疲れ切って、終了時間も1時間延長した。

その成果として、最後には元は畑だった場所に62個のトンパックが並んだ。ぼくらが1日のお手伝いで扱った数としては過去最高だったと思う。もう当分トンパックは見たくもないし触りたくもない、と心底思った(次の週、またお手伝いに行くのだが)。
ともかく、なんとか区切りまで終えることができよかった。

お手伝いの最後に依頼主にご挨拶をした。すると「これで安心して(家を)壊せる」、もうこのお宅には戻らないという。正直、その言葉を聞いてガクッと気落ちした。

原発災害で、このお宅を含む地域が居住禁止となって3年以上。長く悩まれた末の選択なのだろう。せっかくきれいにしたのだから──と勝手に期待を込めてしまうけど、選択はその人のものなんだ。ぼくらが気やすく口を挟めるものではない。

わかってはいるけど、この日、帰りの車中で気分は重かった。

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