南相馬・小高 「もう農業はできない」と語る依頼主(援人号 0509便)

Posted on 2014年5月12日. Filed under: 未分類 | タグ: |

ボランティアチーム援人、2014年5月10日(土)のお手伝いの記録。

午前3時台、未明の川俣町を抜け、飯舘村に至る頃の空はかなり明るくなってきた。冬の間は真っ暗なのだが、どんどん夜明けが早くなってきている。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でボランティア(援人 2014年 0509便)

この日は、南相馬市小高区の農村地域のお宅で、ビニールハウス解体と草刈りだった。

新緑の季節だ。木の葉などの緑が、強い色の絵の具を塗ったようにギラギラと輝いて見えた。強い日射しはキツかったが、快い風に励まされながらの作業となった。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でボランティア(援人 2014年 0509便)

小高で何度かビニールハウス解体を経験して知ったが、ビニールハウスは建て方や部品によって強度がかなり違い、解体の難しさも変わってくる。
この日お手伝いした3棟のうちの1棟は、地中深くにアーチを支えるパイプ(勝手に「心棒」と呼んでいる)が埋められていて、地表部分に小動物除けのトタン板まで噛ませてあり、一番手数がかかるタイプといえた。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でボランティア(援人 2014年 0509便)

現場で広い法面の草刈りも依頼され、メンバー3人が同時並行で進めていった。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でボランティア(援人 2014年 0509便)

高齢のご主人(依頼主)は、足を悪くされているようだ。だから自力で解体することは難しいだろう。

震災後荒れてしまった自宅のハウスを見る度に、暗い気持ちになっていた、と。ハウスの一つは稲の苗床用のものだったが、この自宅に戻ることも、農業を再開することにも前向きになれない──と話してくれた。

夕食は二本松で。杉乃家さんが満席などのときに時々伺う「味処 東(あづま)」さん。麺類から揚げ物までメニューが異常に豊富な店で、人気店らしい。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でボランティア(援人 2014年 0509便)

震災と原発事故から3年。ご自宅に戻るつもりの人にも、迷っている人にも、そしてもう帰還しないと決めている人にも、多くの苦悩が降りかかっている。

もちろん選択は人それぞれだ。ぼくらが口を出せるものではない。が、より納得できる選択をしてもらうため、心労の種を毎回一つでも減らすお手伝いを続けていきたい、と改めて思う。

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