「皆さんはどうなれば町へ帰りたいと思うんですか?」とキャスターは問いかけた

Posted on 2014年4月4日. Filed under: 未分類 | タグ: , , |

(この文章は南相馬から戻ってきた日の夜中に、東日本大震災から3年めの3月になってにわかに増えた震災関連番組のひとつを録画で観ながら書き殴ったもの。メモとして残しておく。)

富岡町の高校に一度も通うことなく、いわきで今日高校を卒業した「富岡高校」生。浪江町出身の大学生は、町内を車で走っても道路はデコボコ、崩れた家はそのまま、復興している感じは全然ない、と話す。

NHKのキャスターはそこへ、皆さんはどうなれば町へ帰りたいと思うんですか、と畳みかける。
出演している双葉郡の子らにとってはこれは現在進行形で悪い方へと進んでいる問題で、対してこの番組の問いは中空に浮かんでいるように思える。

ここでその話をしてどうするのだ。多くの人の態度変容や次のアクションにつながるのか?
どうする、どうする、と話をしている間にも可能性は遠のいていく。除染、インフラ復旧、コミュニティー再生、どれも困難で諦める方がたやすい問題ばかりだ。一方で全国へ四散した人たちがそこへ根を下ろすのもごく自然な流れだろう。

こんな番組やっても何も解決しない。もっと正確に言うなら、この番組を観るほとんどの人は浜通りの復興に興味なんかない。だから半可通の評論家ばかり増やしてもしょうがない。

困難に立ち向かう人たちの気力を少しでも呼び起こしてもらうため、外の人間がやるべきなのは、そして馬鹿であってもできるのは、そこに行き続けることだ。再び細々と何かはじめている、あるいはやめてはいない人たちに「来ましたよ」と存在感を伝えることだ。
フラフラと行動をブレさせたりせず、行くための種を見つけて黙って足を運び続けること。ボランティアなんか口実、あるいは二義的な話だ。行くんだからついでに徹底的にお役に立とう、ぐらいの優先度でいいんだ。

そこに外から通い詰める人間たちがいることで、先への希望をつなぐ人たちが事実いる。だからこれから先も淡々と、途切れずに行き続けることが凡人ができる一番重要なことだ。

中途半端な馬鹿はすぐフラフラしてしまう。そういう人を沢山見た。
それじゃダメで、役割を見つけ、端役は端役であることに徹しきることができれば、主役を押し上げる足しにはなるはずだ。

Make a Comment

感想やアドバイスがあれば、お気軽にどうぞ

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

Liked it here?
Why not try sites on the blogroll...

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。