常磐道を富岡ICまで、国道6号線の大熊町、双葉町、浪江町を通って小高へ

Posted on 2014年4月3日. Filed under: 未分類 | タグ: |

援人号の活動がなかった2014年3月8日(土)、Sさんが個人で出した車に同乗させてもらい、南相馬市小高区にお手伝いに行った。

いつもの東北自動車道ではなく常磐自動車道を北上し、先日3年ぶりに再開通した広野を通って常磐富岡ICまで。そこから先、南相馬市ボランティア活動センター経由で申請した「帰還困難区域の特別通過交通制度」の許可証を使って国道6号線(ほとんどが帰宅困難区域にあたる)を通り南相馬へ──というルートを初めて通る体験だった(Sさんはほぼ同ルートで2回め)。

未だ人が帰ることができない双葉郡の町の状態について断片的な知識はあったが、朝早く富岡町から大熊町、双葉町、そして浪江町を通って南相馬市小高区に到達すると、復旧半ばの小高の町並みが比較的端正に見えた。それぐらいほぼ手つかずの他の町は荒涼としていると感じた。

南相馬・小高でお手伝い(常磐道を富岡ICまで S号3007便)

大熊町を通過中、福島第一原発に最も近いところでは、車内の空間線量計の数字は14μSv/hを示した。ぼくの線量計は1μSv/hを超えると振動する設定にしてあるのだが、10μSv/hを超えると、ピッピッピッと初めて聞く音が車内に響いた。

この日の小高ボラセンは、乗り合いの個人車(だいぶ増えてきた印象)に続いて大型バスが駐車場を埋め、活動者はここ最近では多い方だった(センター集計では95名)。

お手伝い先は、先日援人も入った山間部にあるSさん宅に面した斜面の竹林伐採(継続現場)。
ぼくがリーダーを命じられ、東京からのリピーターMさん、仙台からのリピーターIさん、京都からの男女4人組、それに援人メンバーSさん、合計8人の混成チーム。

竹林の伐採はほぼ終わっていたので、山積みされていた竹や雑木を道路に下ろし、玉切りし運ぶ作業にかかる。

南相馬・小高でお手伝い(常磐道を富岡ICまで S号3007便)

これは今日1日で終わるだろう…と思ったが、読みが甘かった。
まず、枝打ちされてずに山積みされた竹は絡み合い、引き出して下ろすのはとても骨が折れる。それを一人チェーンソーで玉切りするMさんも重労働だ。運び出す部隊も淡々と続けるが、終わりが見えてこないのだ。
午後はSさんがもう一台チェーンソーを使い、Iさんを中心に軽トラで竹を運んでもらうなどピッチを上げたが、結局終わらず。15時30分、道路に広がりきった竹を強引に斜面に寄せて、この日は撤収となった。

帰路、鹿島区の円達さんに久々に寄ってF-1グルメ連続優勝の「りゅうぐう蛸焼」を食べる。できたてアツアツだとさらにおいしい(写真撮り忘れ)。
その後夕食を中華「あじくら」さんで食べ、帰路に就いた。

小高でのお手伝いが終わり、久々にやってきた南相馬市鹿島区の円達(えんたつ)さん。 もちろん復興グルメF-1大会で連続優勝した”アレ”を買うため。(^q^)

この日は積算線量計(miniDOSE PRM-1100)を持参し、自分の1日の被ばく線量を測定した。数値は「11.42μSv」。一緒に行ったSさんも別メーカーの積算線量計を持参しており、8μSvぐらいだったという。

普段援人は東京→東北道→二本松→小高で活動→復路(金曜夜出発、土曜日深夜戻り)というルートだが、その場合の1日線量はだいたい5~8μSvほどだ。1日の線量は、大半を過ごす小高のどの地域にいるかに左右される部分が多い。3月8日のお手伝い先は山間部で、線量は割と高かった(0.6~1μSv/hぐらい)。

暫定結論だが、首都圏→東北道→南相馬ルートに比べ、首都圏→常磐道→南相馬ルートは1日の被ばく線量が「やや高い」といえそうだ。

早朝に通った6号線沿いの双葉郡の町の景色は、やはり強く目と胸に焼きついた。

南相馬・小高でお手伝い(常磐道を富岡ICまで S号3007便)
2016年3月といわれる小高の避難指示解除の後、お手伝いを求める声があるようなら、浪江、大熊、富岡、楢葉、広野などの町にもお手伝いに行きたい、という思いが湧いた。

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