雪の小高で活動 大雪の中12時間かかって帰京する(援人号南相馬行き 0207便)

Posted on 2014年2月13日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

ボランティアチーム援人0207便(活動日:2014年2月8日土曜日)、南相馬市小高区の避難指示解除準備区域でのお手伝いのメモ。

早朝、二本松から浜通りへと伸びる県道12号を行く。
真っ暗な飯舘村で、青ランプを点灯させた防犯パトロール車とすれ違う。こんな時間でも走ってるんだな、と少し驚き、いやこんな時間だからこそか、と思う。ご苦労様です、と声をかけたい。

朝食時に買った福島民友の一面には、双葉町、大熊町、楢葉町と交渉が進んできた放射性廃棄物の中間貯蔵施設の再検討問題と、ソチオリンピック開幕の話題が、ほぼ同格で並んでいた。福島県の他には、こんな組み方をしている新聞はないだろう。

今朝の福島民友の一面。双葉町、大熊町、楢葉町の中間貯蔵施設の再検討問題とソチ五輪開幕の話題が、ほぼ同格で並んでいる。

この日は関東から東北にかけて広い地域が大雪に見舞われるという天気予報だった。
比較的温暖な浜通りにある南相馬も例外ではなく、小高区に入る頃には道路は真っ白になりつつあり、ボラセンに着くと雪はさらに強く降りはじめた。

南相馬市小高区でボランティア(援人 0207便)

この日のお手伝い先はセンターから西方向へ5kmほど行った農地で、ビニールハウス3棟の解体と周辺の草刈り。

南相馬市小高区でボランティア(援人 0207便)

小高ボラセン(南相馬市ボランティア活動センター)は、相当の悪天候でも滅多に活動中止にはならない。このことには賛否両論あるとは思うが、援人も現地にたどり着ける限り、極力活動に(もちろん自己責任で)参加するようにしている。

作業をはじめると、雪の勢いがどんどん強くなってきた。

南相馬市小高区でボランティア(援人 0207便)

雪中の作業自体は我慢できたものの、地面に置いた道具が雪に埋まって見えなくなるほど雪が積もりはじめた。これでは今日中の帰京が難しくなってくる。
ハウスは2棟まで解体が終了し、あと一時間ほどあれば…という進捗だったが、やむを得ず12時30分で現場を撤収する決断をした。

東北道は少しずつ、やがてほぼ全面的に通行止めになったため、国道4号線など一般道をゆっくりとしたスピードで東京へ向かった。途中、立ち往生している車、中央分離帯に乗り上げてしまった車、ガードレールに衝突したトラックなどを見かける。
ラジオから聞こえる首都圏の降雪のすごさも“20年ぶり”“30年ぶり”などとはね上がっていった。

国道4号線、那須高原の手前あたりを南下中(東北道が通行止めのため)。

日付が変わった頃都内に入ると、交通機関が乱れたためか徒歩で帰宅している人たちを多く見かける。
午前2時近く、東京八重洲に到着。(交代で運転してくれた3人のドライバー兼務の参加メンバーが、今回一番大変だったと思う。)

この日、中型ボラバスが一台来たため人数はやや多かったが(センター発表では55名)、活動者の人数が持ち直したようには見えない。

朝礼のとき、センター長は「雪山の寒苦鳥(せっせんのかんくちょう)」という話を紹介した。

南相馬市小高区でボランティア(援人 0207便)

夜は寒さに震え、朝になったら巣をつくろうと固く決意するが、暖かい朝になると忘れて月日を無駄に過ごしてしまう鳥の話。

ボランティアにとっての(内なる)最大の敵は、この説話にあるように“飽き”や“怠け”ではないだろうか。
雪の中の作業はなかなか辛かったが、倦まずに行き続けよう。

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