小高でゴミ出しとハウス解体 先はまだ長い(援人号南相馬行き 0117便)

Posted on 2014年1月21日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , |

ボランティアチーム援人、0117便(活動日:2014年1月18日土曜日)、南相馬市小高区の避難指示解除準備区域でのお手伝いの記録。

数日前から比較的あたたかい日が続いたため、この日は東北道を白石ICでなく二本松ICで降り、県道12号原町川俣線で南相馬へ向かった(注:冬季にこのルートを基本的に避けるのは、道路の凍結によるスリップ事故などを防ぐため)。
飯舘村の気温表示は-11℃で、少し雪がパラつく。夜明け前の暗闇の中、一面雪が積もった沿道の田畑が白く浮かび上がっていた。

この日一件めのお手伝い先は、センターから車で1~2分ほどのお宅だ。

依頼内容は倉庫内(車庫兼物置のようなスペース)に保管してある20個ほどのゴミ袋を軒先に出してほしいというもの。移動した後の掃き掃除なども含めて1時間もかからずに終わってしまった。

南相馬でボランティア(援人号 0117便)

電話でお話をした依頼主は別の自治体に避難中で、作業への立ち合いはなかった。

東日本大震災と福島第一原発事故の後、福島県の方々は今もさまざまな場所で避難生活を送っている。最新の統計(2013年12月)では、県内が9万人、県外が4万9千人。県外の避難先は北海道から沖縄県までほとんどの都道府県に及んでいる。

小高区での行政のゴミ回収は少しずつ再開されているが、この依頼主が避難先から車で来ようとすれば3~4時間はかかってしまう。容易に来られるものではないだろう。

このお宅は、家屋内や小さな庭などが綺麗に整えられていた。いずれ戻る心づもりなんだろうな、と考えると気持ちが少し明るくなった。

二件めの現場は、センターがずっとお手伝いしている大規模ファームのビニールハウス解体。指定された3つめの敷地に到着してみると、8棟あるハウスのうちまだ7棟が残っていた。

南相馬でボランティア(援人号 0117便)

朝から入っていた別チームは1棟めのパイプの切断・搬出などをしていたため、ぼくらは隣の棟の解体をはじめる。

この種類のハウス解体は慣れたもの──だったはずだが、パイプの留め具の形状が、見慣れたクリップ型ではなくハンマーで打ちこむ楔型のものだ。これが地中のパイプにも全部取りつけられていて、掘り起こしはかなりの重労働だとわかった。

南相馬でボランティア(援人号 0117便)

が、メンバーが並行していくつかのやり方を試し、見つけた効率のいいやり方を皆が素早く模倣し、全体の流れを見ながら各々が役割を少しずつ変え──という流れで作業を進めていくとスピードがどんどん上がり、終了時間までに2棟を解体することができた。

小高ボラセン(南相馬市ボランティア活動センター)では、熱心なボランティア活動者に感謝状が送られることがある。
この日センターに戻ると、現場から戻ってきたセンター長から声がかかり、その場でHさんが感謝状を授与された。

南相馬でボランティア(援人号 0117便)

センターに戻った他チームのメンバーにも祝福されながらHさんが感謝状を手にした瞬間は、“無冠”が基本のボランティアにとって希少な体験だったと思う。

冬季の積雪・道路凍結などのせいもあるだろうが、最近またボランティアの数が少し減っているのが気がかりだ。
南相馬の避難指示解除準備区域が開く日まで、先はまだ長い。

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