2013年最後のお手伝いは2つのハウス解体 行き続けることがすべての源泉(援人号 1220便)

Posted on 2013年12月22日. Filed under: 未分類 | タグ: |

援人隊の2013年最後のお手伝いとなった1220便、2013年12月21日土曜日のお手伝いのメモ。

未明の東北道のSAなどは雪が残っていて、浜通りは積雪こそなかったが、朝の南相馬で迎えた夜明けは今年一番厳しい冷え込みだと感じた。

2013年最後のお手伝いは、午前・午後それぞれ別のビニールハウスの解体のお手伝い二件となった。

一件めは、偶然にも以前立派なお蔵などの片付けをお手伝いしたNさんの親戚のお宅だ。家も近い。お父さんは福島の他の自治体に避難中で、鹿島区の仮設住宅に住む息子さんがときどき家の様子を見に来ているという。

南相馬でボランティア(援人号 1220便)

こうして小高に何度も通い、いろんなお宅をお手伝いしていると、もう知らない人が住む町だとは思えなくなってくる。

二件めは、援人の他、小高松本VCから多くのボランティアが入っている大型ビニールハウス20棟を擁するファームだ。

作業はもうほぼ終盤で、残るハウスはわずか。今回は、地面に残されたビニールやグラウンドシートを回収し、後方にある倉庫にしまっていく作業だ。厚いビニールは雨や土砂のせいでとても重い。シートも大型の杭が何か所も打ち込まれ、土砂で固く覆われてる部分も多く、剥がすのはとても重労働だった。

南相馬でボランティア(援人号 1220便)

午前中晴れていた空の色は徐々に灰色になり、14時過ぎからは冷たい雨が降ってきた。が、寒さを感じる暇もないほど作業に没頭し、やがてタイムアップを迎えた。

終わってみると、ぼくはもちろん、多くのメンバーが泥まみれになっていた。

南相馬でボランティア(援人号 1220便)

この(元)ファームでのお手伝いも、多くのボランティアの力で終わりが見えてきた。
ぼくたちにとっては今年最後のお手伝いだったが、与えられた時間の中でやれることはやりきった。

お手伝いを終えて、原町区の日帰り温泉「はらまちユッサ」へ。
肉体労働と寒さで凝り固まった体をあたためながら、耳に入ってきたのは地元の人たちのこんな会話だ。

「震災後、酒量が増えた。医者から控えろと言われるがやめられない」
「除染作業で全国から人が来ているが、飲んでタクシーの運転手とトラブルを起こすことが多い」
「除染作業者は夜10時以降の外出が禁止になったらしいな」

そして脱衣所では、たまたま再会したらしい人たちが笑い合って話をしていた。震災時、避難先に困った若者が、初老の男性のお宅に身を寄せてしばらく暮らしたようだ。

どれも福島の現状を考えれば意外な話ではないが、東京で普通に交わされている会話との落差にはやはり驚く。

南相馬でボランティア(援人号 1220便)

やはり自分の目で見て、行き、触れ、聞くといったことをしなければ、そこに心を寄せ続けようという思いは湧いてこない。
今年、東京と南相馬を30数回往復した。南相馬へ行って心動かされ、東京へ戻って戸惑うことが、その溝を埋めるために行動し続けようと思う力の源泉になってきた。

来年も行き続けよう。

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