小高のお宅でお手伝い 思い出の品の分別・廃棄を急かされる悲しさ(援人号 1206便)

Posted on 2013年12月8日. Filed under: 未分類 | タグ: |

援人号1206便(お手伝い日:2013年12月7日土曜日)のお手伝い報告。

この日は、センターから車で3分ほどのお宅での家財片付けのお手伝いとなった。
大きなお宅で、かなりの量の家財を出し、分別し、市指定の45L袋に詰めて指定の収集場所に運ぶという内容だ。軽トラにひたすら袋を積み、ゴミ出し場所にピストン移動だけをするメンバーもいて、ハードな作業内容だったと思う。

ご依頼主夫婦(関東に避難中)は、これまで何度か片付けに通ったものの、ボランティアへの依頼は初めてだという。

今回も残すものと捨てるものを分ける過程で、家族何代かのさまざまな出来事を垣間見た。
写真や肉筆の手紙、「…ちゃんのたからもの」という袋。それらは吟味してもらうため取り分けておいたが、後で依頼主はそれら一つ一つを眺めていた。
本来、家族の大切なものの吟味は、大量のものを捨てるか捨てないかという慌ただしい作業という異常な状態でやるものではないと思う。しかし小高の多くの人たちは、そうせざるを得ない状況にある。

援人号 1206便(南相馬市小高区)

廃棄するものを詰めた45L袋は、最終的に100個を優に越え、また布団などを詰めたトンパックが4つになった。
依頼主はこれまでに何度かトラックを借りて家財を運び出したという。何人もの人が何代にも暮らしてきた家には、本当に沢山のものがあるのだと改めて感じた。

廃棄物を詰める主な袋がトンパックでなく45Lのゴミ袋詰めだったこと、仕分け中に大事なものが多数出てきて丁寧に分別をしたことなどで時間がかかったので、家屋内をだいたい終え、倉庫の入口付近にかかったが、そちらの作業は依頼主とも相談して中断。庭に積み上がった衣装ケースなどプラスチック類の破砕と袋詰めに全員で集中し、きれいに詰め終えたところで時間切れになった。

こんな風に、未だに「家財出し」のニーズがある小高。

帰還の日まではお手伝いが必要だが、一方で一つひとつのニーズはできるだけ早く終えなければならないと思う。なぜなら、時間がたち、家を放置する期間が長くなればなるほど、また家が害獣などにやられ朽ちていくほど、地域の人たちは意欲を挫かれて古里に戻るのを諦めてしまうからだ。
その意味で、われわれボランティアも時間との戦いだと思う。ニーズある限りお手伝いに行き、そして一つひとつの依頼をできるだけ早く終わらせていきたい、とあらためて思う。

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