トンパックで一杯の庭 ピン止めされた高校生活 未だまわってこない修繕(援人号 1018便)

Posted on 2013年10月21日. Filed under: 未分類 | タグ: |

援人号1018便、活動日は2013年10月19日土曜日と20日日曜日のお手伝いのメモ。

この便は車2台で、キャラバン(10人)は土曜日帰り、セレナ(6人)は南相馬に泊まって2日間としたため、10人+6人×2日、22人分のお手伝いとなった。小高VCで山積みになっているニーズに対応するためだ。

一日め、個人宅(Tさん宅)で家財出し。
エアコンと室外機、冷蔵庫などの大型家電や、二階の子供部屋のものをほぼ丸ごと出すという依頼だった。台所には食品や食器などもほぼ震災後のまま残されており、奥様の意向を聞くとやってほしい、とのことだったので併せて片付けた。

このお宅は小高の中心部にあり、庭はあまり広くない。車3台ほど停めれば一杯になってしまう庭は、すぐにトンパックで一杯になってしまった。そこで家電や家具は裏口側の車一台ほどのスペースに運び、何とか場所をやり繰りした。

南相馬市小高区でお手伝い(援人 1018便)

ご夫婦は現在は東京に避難中だという。
ご主人はあと1年で定年を迎える。その後小高に戻ってくるかどうかは、周りの人が戻るのかどうか、町のさまざまな機能がちゃんと戻るのかどうかを見て決めたい、と仰っていた。

二日めの朝、グリーンパーク(ボランティア向けの簡易宿泊所)を出て、鹿島区にある「奇跡の一本松」を見に行く。一本松は陸前高田のものが有名だが、南相馬のこの地区でも津波後に更地となってしまったこの場所で、有志の方々が震災を思い起こすための象徴として保存に努めているという。

南相馬市小高区でお手伝い(援人 1018便)

この日のお手伝いは、Iさんという方のお宅(仮に新宅と呼ぶ)と、車で3分ぐらいのところにある事務所兼家屋(旧宅とする)の片付けだった。新宅、旧宅とも複数のエアコン、冷蔵庫、洗濯機などの搬出があった。

新宅の二階の一部屋は、たぶん震災当時高校生のお子さんの部屋だったのだろう。ベッドの傍の壁には楽しそうな高校生活を切り取った写真が多数ピン止めされていた。こんな未来を予想しえなかった、屈託のない笑顔の数々がそのままだ。

ご主人によると、震災であまりダメージがなさそうに見える新宅も屋根などは損傷している。その修理や旧宅の解体工事も依頼済みだが、行列待ちは百番以上だという。ご主人は市では有名な方らしく、あまり早く修繕してしまうと周囲に羨まれたりするので、これくらいの順番でいいんだけど、とも仰っていた。それにしても、震災から3年近くたつのに。

旧宅の方にも家電は多数あり、さらに居間など発災後ほぼそのままの部屋が多かった。台所の冷蔵庫では、中で食べ物が腐り多くは液状になっていた。その状態は、今までお手伝いした中で一番厳しいものだったかもしれない。

南相馬市小高区でお手伝い(援人 1018便)

センターや二つのお宅の間を行き来すると、通り過ぎる多くの家の前に冷蔵庫やテレビ、廃棄物を収めたトンパックなどが門の前や駐車場に並べられている。そして人影はない。そんな光景に目が慣れてしまうが、いやこれは非日常なんだ、と思い直す。

お手伝いの最後、依頼主に「本当に、なんとお礼を言っていいのかわかりません」という言葉をかけていただいた。こういう感謝の言葉をいただいたとき、ふさわしい言葉が見つからず、いつも返す言葉に困ってしまう。

ぼくらのやっていることは週に一度だけのお手伝いだ。小高を元に戻す主体ではない。
ただ、やがて小高の人々が帰還する日、自分ごととして喜びたい。そのためにもまだまだお手伝いを続けたい。

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コメント / トラックバック1件 to “トンパックで一杯の庭 ピン止めされた高校生活 未だまわってこない修繕(援人号 1018便)”

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「また呼んでください、伺います」で良いのではないでしょうか。片付ける事でその方の心が一歩前に進むお手伝いをしているのですから。

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