南相馬市小高区で草刈り 震災後二度めに自宅を訪れるご主人と共に(援人 0906便)

Posted on 2013年9月8日. Filed under: 未分類 | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、2013年9月7日、南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

南相馬の個人宅で草刈りのお手伝い(援人 0906便)

これはシシュポスの石積みだ、と思った。
道路から家までの数十メートルの引き込み道、砂利が敷かれたその上にも根を深く張った雑草を刈るため、地面ギリギリで刈払機の刃を操りながら。

しかしシシュポスと違うのは、一旦やめればリセットされるだけでなく、草はもっと勢いを増し、建物を傷め土地の再利用を難しくする。そして帰還を待つ小高の人の意欲を挫くだろう。だからやらなければならないし、この環境に週のうちたった一日だけ身を浸せばよい外部の者、ボランティアがやるのにうってつけの作業だろう。

この日の天気は曇り時々小雨。早朝に通った県道12号(原町川俣線)で、飯舘村の気温は15度と表示されていた。小高の気温も予報通り20度台前半だっただろう。

お手伝い先は、センターのある市街地より3kmほど内陸、田畑の間に屋敷がポツポツと並ぶ地域。二つの蔵、大きな母屋と道具小屋などがある広いお宅だった(雑草があまりに茂っていて最初は全容が掴めなかったが)。

依頼主は70代後半の男性。この家のご主人だが、震災後千葉県にご家族と共に避難されていて、現在はこのご主人だけが南相馬に戻り、8月から鹿島区の仮設住宅で暮らしているという。今年一度倒れたため、言葉がやや不自由で杖をついている。

震災の後でこのお宅に戻るのは二度め。前回は震災があった2011年の10月だというから、随分前のことになる。

詳しい作業指示をしていただくために敷地の案内をお願いする。先へ進むご主人は、あまりにたくましく生い茂った雑草の量に「いやいや…」と何度も驚きの声をあげた。庭には(草を刈った後で庭だとわかったのだが)まるで人が手で植えたようにセイタカアワダチソウがびっしりと生え、高さは1.5~2mぐらいはあった。
草を刈る場所を細かく確認していくぼくに、「(草刈りだけでなく)家もぶち壊してほしいぐれえだ」と呟いた。

家の中に残された家財は埃をかぶり、震災が起きた14時46分の3分手前で止まった掛け時計、2011年3月の予定が書きこまれたホワイトボードなどもそのままだった(が、今回の依頼は草刈りだけだ)。

南相馬の個人宅で草刈りのお手伝い(援人 0906便)

草のせいで迷路のようになった敷地内を、庭先、裏庭、隣家との境の空き地、引き込みの車道周りと分かれて刈払機で草を刈っていく。当たり前だが、70代後半の依頼主が一人でやったら何日かかるか見当もつかない量だろう。

南相馬の個人宅で草刈りのお手伝い(援人 0906便)

すると、最初元気がなさそうに縁側に腰を下ろしていたご主人に変化が起きた。刈込バサミを持ち、生垣についた雑草を取り除き、伸びきった庭木の剪定などをはじめたのだ。平成になって農業は辞めたと仰っていたがさすがに慣れた人で、効率よくハサミを使う。

14時30分ごろ、雑草のせいで迷路のようだった敷地もすっきりし、代わりに大きな草の山がいくつかできた。縁側から目の前の畑が見渡せるようにもなった。

南相馬の個人宅で草刈りのお手伝い(援人 0906便)

この日はパワフルなメンバーが揃っていたので、ぼく自身は引き込み道の雑草をできる丁寧に小さな草まで刈ろうと決め、しつこく往復を続けた。家への入口にあたる道に人の手が入れば、荒れた印象も少しは薄まるだろう。

南相馬の個人宅で草刈りのお手伝い(援人 0906便)

作業を終え退去するとき、ご主人は朝には見せなかった満面の笑顔を見せ、何度も何度も頭を下げた。
一人暮らしの仮設住宅で、今晩ぐらいは心地よく眠ることができるだろうか。

また行こう。小高の人が帰還できる日まで、行き続けよう。

この日(2013年9月7日)の福島民友の見出しは、相双・いわきの漁協が9月下旬から試験操業を再開、福島県含む8県の水産物を韓国が輸入禁止、そして大熊・楢葉での中間貯蔵施設調査で環境省が「設置可能」と結論。そして中面には、オリンピック招致に「東京が安全ならいいのか」という反発の声が県民にという話題。

南相馬の個人宅で草刈りのお手伝い(援人 0906便)

この日食べたおいしいもの。鹿島区の「円達」さんに寄ってりゅうぐう蛸焼。アツアツふわふわ、磯の香りで口の中がいっぱいに。うまい。

南相馬の個人宅で草刈りのお手伝い(援人 0906便)

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