小高区塚原でお手伝い 未だ取り壊す決意ができないその家で(援人 0802便)

Posted on 2013年8月6日. Filed under: 未分類 | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、南相馬市小高区でのお手伝い、2013年8月3日(土)のメモ。

小高区塚原は国道6号線よりかなり海側にあり、津波による被害が大きかった地域だ。

低い場所では損壊家屋などは撤去され、今では何度も生え変わった雑草や水たまりに覆われた荒れ地になっている。が、やや高台などでは、一階部分だけ浸水した個人宅や店舗などが震災当時の無残な姿を未だに晒している。

今回お手伝いしたお宅はそんな地域にあった。援人はこれまで何度かこの地区でお手伝いしている。塚原に向かうとわかったとき、やや気が重くなった。

南相馬市小高区でお手伝い(草刈り・被災財の片付け)

ご依頼主は50代から60代前半ぐらいの女性だった(仮にYさんとする)。

ミッションは、大きな屋敷まわりの草刈りだった。
草刈りを進めていくと、Yさんも慣れた動きで自分の刈払機を使っている。体力あるメンバーが揃っていたこともあり、当初の依頼は午前中でだいたい片付いた。

まだやれますから他にもあれば、と言うと、Yさんは用事のため午前中しか立ち会えないから、と躊躇される。小高の依頼主はだいたいやってほしいことの半分も言わないことが多い。せっかく人手がいますからお手伝いさせてください、とさらにたたみかけると、家の裏手にある道具小屋内の道具出しも…と申し訳なさそうに仰った。

道具小屋から材木などを搬出するメンバー、草刈り後の側溝をきれいにするメンバー、母屋周りに露出した瓦礫や漁網などを掘り起こすメンバー。お手伝いが終わる頃には、多くのメンバーは服がドロドロに汚れていた。

南相馬市小高区でお手伝い(草刈り・被災財の片付け)

大きく立派な母屋を未だ取り壊す決意ができないというYさんは、震災でご主人を失った。

取り壊すかもしれない家の草刈りや瓦礫片付けであっても、依頼主が自ら望んでセンターに足を運んだものであることは確かだ。お手伝い中に聞こえた「皆さんが来てくれたからやる気が出て…」というYさんの言葉は、ぼくらがお手伝いに呼ばれた意味の多くを語っていた。

この日、少しだけ心を軽くするお手伝いができたのだと思う。

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