相馬野馬追の宵祭・本祭(平成25年度)を観る

Posted on 2013年8月2日. Filed under: 未分類 |

2013年度(平成25年度)の相馬野馬追(そうまのまおい)を、援人の仲間10人で観に行った。

昨年(→ 昨年のブログ記事 )は旅程の都合もあり(また野馬追という行事の大きさや全体の流れがよくわかっていなかったせいもあり)、1日めの宵祭(御発輦祭、宇多郷行列、宵乗競馬)だけを観たが、今回は2日めの本祭(お行列、甲冑競馬、神旗争奪戦)までしっかりと観る旅程を組んだ(本来は3日めの「野馬懸」をもって終了)。

福島民報の記事によると、今年出陣した騎馬武者は429騎。昨年より43騎増え、例年の約九割にまで回復したという。また原発災害で避難中の小高郷(小高区)からは61騎、標葉郷(浪江町・双葉町・大熊町)からも44騎が出陣した、と。

野馬追は、地域外の人が観るにはそれなりに苦労する行事だと思う。

まず、相馬・南相馬などの広いエリアのさまざまな場所で(同時間も含めて)行われ、一ヵ所だけに行けばよいわけではない。また公式サイトはあるが、初心者向けにわかりやすいガイドが充実しているとはいえない。そして最後は、原発災害の影響で浜通りには大回りで時間がかかるルートでしか辿りつけない、などが理由だ。また相馬・南相馬にホテルや旅館は多いとはいえず、早々と埋まってしまうため、宿を確保しづらいという問題もあるだろう。

が、そんな苦労をしてでも観るべき! と思わせられた2日間だった。

初日の朝8時30分、相馬中村神社境内での御発輦祭(ごはつれんさい)。

立谷相馬市長、桜井南相馬市長の口上もあり、そのときには空気が張りつめるような感じがした。

相馬野馬追 御発輦祭(相馬中村神社) Soma-Nomaoi Festival 2013

続いて宇多郷行列がはじまる流れだが、ここでぼくらは相馬市を後にして南相馬市小高区へ向かった。小高神社での標葉郷・小高郷出陣式を観るためだ。

相馬野馬追 標葉郷出陣・小高郷御発輿(小高神社) Soma-Nomaoi Festival 2013

祭りや神事は豪華であるほど記憶に残るものだが、一方で静かに慎ましく進められる姿に立ち会うのもやはり忘れがたい体験になる。

大熊、双葉、浪江そして小高の武者たちのお繰り出しが、観光客然とした取り巻きではなく、真剣なまなざしの人びとに見守られながら行われた小高神社のあの時間は、何か特別なものがあったと思う。

相馬野馬追 標葉郷出陣・小高郷御発輿(小高神社) Soma-Nomaoi Festival 2013

援人は微力とはいえ、小高の復旧を強く願ってお手伝いを続けている。今回は参加できないが、小高を気にかけるメンバーのためにも、しっかり見届けたつもりだ。

続いて南相馬市原町区・雲雀ヶ原祭場へ。他の郷とは違い、標葉郷・小高郷だけは徒歩で到着した。

相馬野馬追 宵乗競馬 Soma-Nomaoi Festival 2013

14時、明日の甲冑競馬のリハーサルともいえる宵乗競馬が行われた。

相馬野馬追 宵乗競馬 Soma-Nomaoi Festival 2013

その後、徒歩で南相馬市博物館の「野馬追の今と昔」展へ。

さまざまな資料と解説を用いて、古くに固定されたと思われがちなこの行事が変遷してきたこと、近年猛々しさの強調が進んでいるが、本来行事の核である野馬懸の意図は相馬地方の平和・繁栄の祈念にあること、などを示して大震災・原発災害後の野馬追のあり方を閲覧者に考えさせる内容になっていた。2011年、震災の年の縮小開催の様子も取り上げていて、興味深かった。

この日は、鹿島区の農家民宿「塔前の家(とおめのいえ)」に宿泊。海からそう遠くない地域で、ご自宅は津波で損壊してしまったが、中古住宅を買い直して農家民宿を開いたという。日に焼けて温厚なご主人、おいしいロールケーキを振る舞ってくれた奥様、食事中のぼくらを楽しませてくれたかわいい孫娘さんなど、あたたかさを感じる宿だった。

2日め、いよいよ本祭。

相馬野馬追 Soma-Nomaoi 2013

週末2日間、南相馬の天気予報はかなり悪かったが(実際に宮城などは相当荒れたようだが)、傘がいらないぐらいの小雨以上に見舞われることはなかった。
特に印象的だったのがこの2日めだ。いよいよ本祭が始まる雲雀ヶ原祭場地で、高いひな壇から空を見上げると、雲がどんどん薄らいで空が明るくなっていく。「野馬追日和」という言葉があるらしいが、まさに野馬追には天が味方しているのかもしれない。

サンライフ南相馬を9時30分に出発したお行列は、10時過ぎに雲雀ヶ原祭場地前の通りにやってきた。まず警察の先導車が見え、その後ろからおぼろげに騎馬隊が現れたときの胸の高鳴りは、経験しないとわからない類いのものだろう。

相馬野馬追 お行列 Soma-Nomaoi 2013

お行列の様子がわかる写真をいくつか掲載しておく。

相馬野馬追 お行列 Soma-Nomaoi 2013

小さな武者は結構多い。沿道の子どもはその姿を見て「ぼくも乗りたい」と言っていたが、伝統はこうやって続いていくんだろう。

相馬野馬追 お行列 Soma-Nomaoi 2013

小高神社の神主さんだ。

相馬野馬追 お行列 Soma-Nomaoi 2013

女武者。女性は二十歳未満の未婚であれば出ることができるという。

相馬野馬追 お行列 Soma-Nomaoi 2013

最後は総大将(相馬陽胤公)だ。

相馬野馬追 お行列 Soma-Nomaoi 2013

12時、甲冑競馬がスタート。

相馬野馬追 甲冑競馬 Soma-Nomaoi 2013

ぼくはほとんど発馬するコーナーで見ていたのだが、法螺の音で一斉スタートするはずがそうもいかなかったり、武者たちの間で怒鳴り声が飛び交ったり、勝手に逆走をはじめる馬がいたり──と、なかなかハプニング続きで目が離せなかった。

相馬野馬追 甲冑競馬 Soma-Nomaoi 2013

13時、メインの神旗争奪戦。

相馬野馬追 神旗争奪戦 Soma-Nomaoi 2013

花火と共に高く打ち上がった神旗を、色とりどりの旗指物を掲げた騎馬武者たちが奪い合うのだが、だいたい勝敗は旗が落ちた瞬間に決してしまうようで──というより遠景として見ると接戦の様子はよくわからなかった(来年また観に来るなら、双眼鏡や300m以上の望遠レンズは必須だな、と思う)。

相馬野馬追 神旗争奪戦 Soma-Nomaoi 2013

旗を取った騎馬が、歓びを体全体で表現しながら曲がりくねった羊腸の坂を本陣山へ駆け上がっていく姿は本当に格好よく、絶好の撮影ポイントだ。

相馬野馬追 神旗争奪戦 Soma-Nomaoi 2013

東日本大震災と福島第一原発事故で、複雑な視線が注がれるようになってしまった福島県、特に浜通り(沿岸部)だが、野馬追はそんな文脈の力など借りなくても、掛け値なしに圧巻の行事だと改めて感じた。

また、相馬市、南相馬市(鹿島区、原町区、小高区)、浪江町、双葉町、大熊町(そしてそれぞれの避難先や移住先)などから参集した429騎もの武者たち。彼ら彼女らの、目を高く上げた誇らしげな表情を見て「相双地方は、どんなに時間がかかっても必ず復活するだろう」と確信もした。

旧相馬藩の領地の約半分(浪江町、双葉町、大熊町など)は残念ながら短い期間での復旧は難しい。つまり震災前と同じかたちでの野馬追の開催は、数十年は望めないだろう。が、相双地域の人たちはこの野馬追をきっとよりすばらしいかたちに発展させていくと思う。

相馬野馬追は、本当に素晴らしい神事でありお祭りだった。来年はさらに多くの人たちが訪れ、それが浜通りの復興の力につながることを祈りたい。

相馬野馬追 御発輦祭(相馬中村神社) Soma-Nomaoi Festival 2013

(最後の写真は、御発輦祭が行われた相馬中村神社にいた美しい猫。)

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