南相馬市小高区で家財片付けのお手伝い 捨てられなかった消防団の半纏の話(援人 0705便)

Posted on 2013年7月10日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , |

ボランティアチーム援人、2013年7月6日(土)の南相馬市小高区でのお手伝いのメモ。

とても暑い日だった。
南相馬に着いた早朝にはもう日射しはギラギラと強く、小高のセンターに着いて朝礼を待つ間もムッとくる暑さにげんなりし、お手伝い中は流れる汗が目に浸みて痛かった。お手伝いを終えて入浴した後もまた暑かった。

最近の小高では、さまざまな工事の立て看板を見かける。

小高のセンターに着く前、常磐線の陸橋を降りてすぐの道路では水道管の取り換え工事が行われていた。こういう光景を見ると、復旧は遅くても着実に進んでいるんだな、と思う。

南相馬小高区で被災財片付けのお手伝い(ボランティアチーム援人)

センター長による朝礼やマッチングの間、センターに住みついた白猫(名前は「チロ」というらしい)はボランティアたちの周りでマイペースにくつろいでいた。

南相馬小高区で被災財片付けのお手伝い(ボランティアチーム援人)

この日のお手伝いは、久しぶりに国道6号線より海側、つまり津波浸水地域にある個人宅だった。ニーズ票と共にあった地図を見て、まだこのエリアでお手伝いニーズがあるのか…と少し意外に思う。

現地に着くと、二階建てのモダンなお宅の一階部分のガラス戸やドアの部分の1.5mぐらいの高さに水のラインが二重三重に残っていた。地震による損傷は、窓ガラスが少し割れたりしている以外は見られない。付近の家もだいたい同じようだ。

お手伝い内容は「屋内からの荷物搬出 分別して袋詰め」とあり、つまり家財を捨てる作業だ。
やや気が重くなる。これまでの小高のお手伝いでは、時間が経ってしまった、避難先で新たに買い揃えてしまった、気分が落ち込むのでもう見たくない──といった理由で「全部捨ててしまってください」と言われることが多かったから。

依頼主のご主人、奥さん、そして中学生の息子さんが車で到着した。現在は山梨県に避難中だという。

家財を選別する作業はデリケートな判断に立ち会うことになるので、女性の方が適役だ。男がやると急かすようになってしまうことがある。二階の整理を始める奥さんの傍に女性メンバー3人を付き添わせ、男性は屋内で荷物をリレーする役と屋外で選別してトンパックに詰める役に回る。

40代ぐらいのご夫婦だろうか。若いせいか吹っ切れたような快活さがあり、奥さんはお子さんの通信簿や賞状を見つける度に喜ぶなど、いつもと違うやや明るい雰囲気の中で片付けは進んだ。
捨てるばかりでなく使えるものは残すという姿勢に、生活再建への前向きさも窺えた。

南相馬小高区で被災財片付けのお手伝い(ボランティアチーム援人)

小さな、うれしい出来事がひとつあった。

ぼくが二階の廊下の階段付近で荷物のリレー役をしているときだ。奥さんや女性チームが仕分けをする奥の部屋の中は見えず、声だけが聞こえてくる。

あるとき、奥さんのこんな声が聞こえてきた。別の部屋で仕分けをしていたご主人に向けてのものだ。

「お父さん、消防団の服出てきた。どうする?」

「消防団」という言葉で、ぼくはとっさに数ヵ月前のことを思い出した。
やはり小高の、大量の被災財を捨てるお手伝いをした大きなお宅で、よく着こまれた藍色の消防団の半纏(確か「小高町」と書かれていたと思う)をぼく自身の手でトンパックに詰め込んだ。依頼主が運び出し積み上げていく衣類の中にそれはあり、思わず「いいんですか?」と聞いたが、年配のご主人は「(息子が)考えた上だからいいんだよ」と答えた。そのお宅では息子さん家族はもう関東で新たな生活をはじめていて、戻ってこないと決めていたのだ。

東日本大震災では、消防団員が沢山亡くなっている(南相馬でも8人が殉職されたという)。水門を閉める、避難誘導をするなどの責務を全うしようとして命を落とした方々や、震災直後から遺体捜索や復旧活動に献身した方々のニュースに触れ、消防団という存在の、地域での役割の大きさを再認識させられたように思う。
そのシンボルである消防団の半纏を捨てざるを得ない状況を見たことを、容易に忘れられない。

少し間があって(本当は短い時間だったのかもしれないが)、ご主人の答えが聞こえてきた。

「あ、それ残す」

ぼくは“よしっ!”と拳を握りしめた。誰にも気づかれなかったと思う。

屋内の片付けが一段落し、庭の草刈りや落ちた瓦礫拾いなどを進めていく。
驚いたのは、ご主人に頼まれて物置を開けてみたときだ。

津波の圧力でひしゃげてしまった物置のスライド扉を一枚ずつ引き剥がすと、中から出てきたのは津波の土砂を被った段ボール箱や道具類だった。2年4ヵ月前の泥。こんなところがまだあるのか──。メンバーからは、「これは他の被災地なら一昨年(おととし)の作業だよ」という声が漏れた。

南相馬小高区で被災財片付けのお手伝い(ボランティアチーム援人)

こういう光景があるから、まだお手伝いをやめるわけにはいかない。

帰路。

いつもの二本松の「杉乃家」さんに立ち寄ったが、この日は貸し切り。そこで浪江焼そばを10人前テイクアウトさせてもらった。

南相馬小高区で被災財片付けのお手伝い(ボランティアチーム援人)

安達太良サービスエリアで休憩しながら皆で焼そばを食べた。蒸し暑さが少しひいた屋外で食べる濃厚な味の浪江焼そばは、いつもよりさらにおいしかった。

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