南三陸町戸倉津の宮の田んぼでお手伝い 石巻の朝帰りと戸倉のピアノ練習(援人号 0607便)

Posted on 2013年6月12日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

援人号0607便(2013年6月7日深夜出発)は、久々に宮城県の南三陸町へお手伝いに。

お手伝い現場は、南三陸町戸倉津の宮にある「DSP災害支援プロジェクト」さんの拠点から歩いてすぐの泥沼化した小さな田んぼだった。

ばっきぃ氏(援人メンバーでもあり、現在はDSPの常勤スタッフ)の説明によると、戸倉にも行政による復旧の助けなどは結構入ってきたが、個人の敷地などは取り残されている場所が多い。この場所も以前DSPが手配したボランティアが40人入ったが、そのときは今よりもさらに泥沼が酷く、不本意ながら途中で撤退した場所だという。

状況については聞いていたので、今回は参加者全員がウェーダー(胴長)を持参した。
ところどころ酷くぬかるんだ田んぼに背丈のある雑草が群生していたのをまずは刈り取り、次に下草も刈り、さらに一枚下の田んぼの草刈りもして、前のチームが残した雑草や刈り取った竹などと合わせてそちらに運んでいき(量が多く絡み合っていたのでとても重い!)、なんとか更地に戻したところでタイムアップとなった。

南三陸町戸倉でお手伝い(援人)

津波で倒れたと思われる木から生えたひこばえが二年でかなり立派になっていた。その周りを少し掘り起こすとまだ被災財が出てくる。残念ながらこの場所をすぐ田んぼに再生するのは難しのでは…と感じたが、依頼主が眺めたとき、気持ちが晴れるぐらいの状態には持っていけたかな、と思う。

ついでに、今回の旅程で感じたうれしいことを2つ書いておく(元はFacebookに夜中に投稿したものだから、粗削りだけどご容赦を)。

南三陸町戸倉でお手伝い(援人)

石巻の朝帰りと、南三陸戸倉のピアノの練習の話。

土曜日の朝5時ごろ、石巻の駅近く。ぼくらの車の前を朝帰りの若者4人が横切っていった。男3人、女1人。特にミニスカートの女の子がふらふらだった。4人は、穏やかに談笑しながら歩いて行った。

それを見て、朝帰りか、いいじゃん! とわけもなくうれしい気持ちになった。
復旧!復興! としかめっ面もいいけど、若者なら朝帰りもすべきだぜ、と。まして金曜の夜が空けての土曜の早朝だし。それこそ若者だ。もっとやれ。

もう1つ。
南三陸の戸倉の泥沼化した田んぼで、ぼくらは泥に足を取られながら雑草を刈り取っていた。すると、一段上の家からピアノの音が聞こえてきた。

時計に目をやると正確に11時30分。最初は防災無線か何かかと思った。南三陸をはじめ沿岸の被災地では、毎正時などに町のお知らせを流したりするので。が、いつまでたってもアナウンスはない。なので次にはピアノ曲のCDをかけているのかな、と思った。
が、それも違うとわかった。引っかかったり、同じフレーズを何度も弾きなおしたりするから。

ピアノの練習をしているんだとわかったとき、またうれしい気持ちがこみ上げてきた。これが「日常」なんだよ。子ども(なのかどうか、見たわけじゃないからわからないけど)が土曜の昼間にピアノの練習ができること、それはここが日常に戻りはじめているってことなんだ。

きみはピアノの大演奏家でもピアノの先生でもめざせばいい。俺はきみのために、きみがすべきでないようなことは引き受けるからね、と思った。

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