小高区仲町でお手伝い 未だ多く残る損壊家屋 町に戻る人戻らない人(援人号0517便)

Posted on 2013年5月30日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0517便、2013年5月18日(土)の南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

朝4時半ごろ、川俣町を通過。夜明けが早くなったなぁ、と思う。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月18日)

「除染をしています」という看板をいくつも見かける。山の斜面沿いの開かれた場所では、ブルーシート上に黒いトンパックが積み重ねられていた。汚染土の保管場所だろうか。直後、どこかの政党の立て看板の「原発ゼロ」というスローガンが目に入る。東京でも見かけるスローガンだが、印象の強さが格段に違う。ここでは「原発ゼロ」など自明なこと、そうすることが当たり前だろう、と感じられる。

飯舘村。山から降りてきたのか、広い田畑の上をうすいもやが流れていた。幻想的だった。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月18日)

今日のお手伝い先は、小高区仲町の個人宅と決まった。依頼票にある内容は、家屋前の庭の草刈り、落ち葉の片付け、ゴミ片付けなどだ。軽トラに道具類を積み、ワゴンと共に出発。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月18日)

現場は、古い建物が多いせいか地震によって損壊した建物が多い地域だった。まずこのお宅の並びには環境省の名前で「立ち入り禁止」という札とテープがかかっていて、奥には外壁が剥がれた土蔵。あたりには他にも屋根が傾いた家、潰れた小屋、穴の開いた土蔵など。これらは一体いつになったら取り壊されるのか──と思わずにはいられなかった。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月18日)

お手伝い先のお宅は一般の住居ではなく、道路に面した店舗(薬や化粧品を売るお店)の奥に住居がある構造。後でわかったのだが、家の中には未整理の家財が沢山あり、店舗内も商品が散乱したままの状況だった。

当初いただいたニーズである庭の草刈り、落ち葉やゴミの片付けなどを午前中でほぼ終え、依頼主のご主人の動きを見ながら少しずつ人を回していくことにした。

まずは店舗内の片付け。バックヤードの大きなストック棚や機械(給湯器だという)などが倒れたままで、壁にめり込んでいた。棚は男4人がかりでなければ引き起こせないほど重いもの。また店内は化粧品類が多数散乱している。ここは女性数人で分別・片付けをしていく。

小高の他のお宅同様、ここでもネズミの被害が目立つ。店内のところどころに、細断された包装紙のカスと大量の糞が落ちていた。ネズミは化粧品や薬には手をつけず、ガムやキャンディを根こそぎ食い尽くしたのだ。また、リノリウムの床にはまだらのように黒ずみができていた。長く換気しなかったせいでカビが床全体に生えたのだろう。
自分の家や店だとはいえ、こういう片付けを被災された方だけでやるのは憂鬱でやりきれないだろうと思う。

お手伝いは14時すぎに終わり、しばらく地域の話をいろいろ伺った。
ご主人はいま住んでいる千葉からゴミ片付けのために通っているが、最近告知されたこの地区のゴミ回収は先週1週間だけ。結局間に合わなかった、と。
近くには商品が落ちたままの陶器店や、戸棚が横倒しになったままの家具店がある。ご主人は、あそこの人は戻る予定、あそこはもう戻らない…と話をし、「このままどんどん(住民が)歯抜けになっちゃうのかなぁ」と声を曇らせた。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月18日)

休憩中に近所にある仮設トイレに行くとき、自動販売機の横を通りかかってちょっとびっくりした。
「販売開始しました」という表示があり、耳を近づけるとウィーンという音がする。動いているのだ。小高で、稼働している自動販売機を見たのは初めてのことだった。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月18日)

センターに戻って報告を終えて着替えをしているとき、地面がいきなり大きく揺れた。14時47分。スマホの警報に気づいたのは、揺れがほぼ収まってからのこと。南相馬は震度4、震源の宮城での最大震度は5だという。
とっさに考えたのは、今このとき小高の被災家屋の中や近くで作業をしているはずの住民やボランティアたちは大丈夫か、ということだった。30分ぐらい前なら、ぼくらも震災でダメージを受けた建物の中にいた。改めて、紙一重だな…と思う。

夕食は、今週も二本松の「杉乃家」さん。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月18日)

南相馬でのお手伝いでは毎回ちょっとの達成感をもつが、小高の人たちの現状を見ることで重苦しい気持ちになることも少なくない。そんなとき、浪江町から避難されたご主人が自らフライパンを振る甘辛濃厚極太焼そばを食べる。これはとても幸せな食事だ。何度でも通いたいと思う(あなたもぜひ一度!)。

今回も、前々回と前回あったキッチン内の片付けがあった。震災から2年たつのに、ようやく自宅内のものに手を付けるお宅が複数残っていることに、道のりの長さを感じる。とはいえ、今回のご依頼主のように小高に戻ると決めている方々がいることも確かだ。その力添えが少しでもできるのだから、これからも足を運びたいと思う。

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