小高区でお手伝い 急きょ行われるゴミ回収に合わせ個人宅で大量のゴミを出す(援人 0510便)

Posted on 2013年5月14日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

援人号0510便、南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

5月10日(金)から11日(土)に日付が変わる頃、八重洲を出発。今回は16人のメンバーが参加し、車二台(キャラバンとセレナ)に分乗。南相馬で初めてボランティアをする人が3人いた。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月10日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

朝、コンビニで買った福島民友に「中間貯蔵施設の整備に関連して、大熊町の帰還困難区域で環境省が県内初のボーリング調査をスタートする」という記事が載っていた。
小さな事実が積み重ねられていき、やがて放射性廃棄物の“中間”的な置き場が決まるだろう。そこに住んでいた人たちは古里を棄てざるをえなくなる。そしてこういう状況について、福島県外で顧みられることはますますなくなっていく──。

小高のボラセン(南相馬市ボランティア活動センター)に到着。大型バスも2台到着し、参加者は約150人を超えたくらいだろうか。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月10日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

ぼくらのお手伝い先は、以前お手伝いしたことがある小高区仲町の個人宅となった。

二度めのお手伝いとなった理由は、そのお宅がある行政区(二区)で環境省(福島環境再生事務所)によるごみ回収が週明けからはじまるとの知らせが舞い込んだため。家の中に溜め込まれていたゴミ──ゴミといっても、大半は2年の間にゴミとして扱わざるを得なくなったもの──を出し、分別することが必要になったのだ。そして通知には市指定のゴミ袋か同じ大きさの袋のみ回収とあり、以前ボランティアがトンパック(1トン入る大きな袋)に詰めた草や被災財などの詰め直しも必要になった。ゴミ袋に入らない粗大ゴミ、家電などは出すことができない。

最初、16人で一軒のお宅にあたるのでは人手がやや余るかも…と思った。
が、台所に入って大量の食料品や飲料品の中身を出すチーム、(下水道が復旧していないことから)庭に穴を掘って水ものを廃棄するチーム、冷蔵庫など家電品を外に出す作業などチーム、ゴミ置き場で分別や整理をするチームに分かれると、全員がフル稼働になった。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月10日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

捨てるお手伝いをしたものの中に、多くの日本酒があった。中には、化粧箱の四隅がネズミに齧られボロボロになっているものも。
福島や東北の有名な銘柄のほか、目を惹いたのは飯舘村のお酒、新地町のお酒、そして双葉町のお酒だ。なかでも双葉町の「白富士」というお酒は端正なラベルが印象的だった。(戻ってから調べてみると、「白富士」をつくっていた冨沢酒造店さんは、今はいわき市に移転し会津若松の花春酒造の酒蔵を借りてお酒を造っているようだった。)

天気予報通り、昼過ぎから雨が降りはじめる。依頼主は「雨の中すみません…」と言いづらそうだったが、家屋の裏側で伸びた雑草が気になるという。Yさんが刈払機で草を刈って行き、台所の片付けが終わった女性陣が袋に詰める。ただ、家財出しで沢山のゴミ袋を使い尽くしていたため、全部を詰め切ることはできなかった。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月10日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

この日11日は、東日本大震災の月命日。お手伝い中、依頼主に頼まれたものを外に出すため玄関にまわったとき、暗がりの中に掛け時計が見えた。針は14時47分で止まったままだった。

電気・ガス・水道などのインフラ復旧が遅れている小高区だが、このお宅はもう電気が通じていた。数ヵ月前からだという。
家の周りには工事中の看板がいくつか掲出されていて、その一つは下水道管工事のものだった。復旧は、少しずつだが進んでいるのだ。

南相馬小高区でお手伝い(援人 2013年5月10日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

震災から2年以上、そして2012年4月の警戒区域の解除から1年以上たって、この地区では家庭ゴミの回収がようやく動きはじめた。しかし(現在のところ)回収期間は1週間だけ。市外・県外に仮に住んでいる人や家族が離散している人などが、この急な日程に合わせて家一軒のゴミ出しを独力で行うのはとても厳しいのではないだろうか。

お手伝いを終え、センターへの報告も終えてボラセンを去ろうとする際、センターの後ろに車を停め、ゆっくりと歩いてくる初老のご夫婦の姿が見えた。入り口の辺りで少し迷っていたので声をかけると、依頼のために訪れた小高の方だとわかった。
彼らを事務所の方へ案内した後で抱いた、なんともいえない気持ち。ぼくらは1日の手伝いを終え、多少なりとも晴れやかな気持ちになって東京へ帰る。一方で、元の生活を取り戻すための長い道のりの途上にあり、ボランティアを頼むということはせいぜいましな手段でしかない人たちがいる。

大震災と甚大な原発災害がもたらした「非日常」は、ますます県境や市町村の境の向こう側に押し込められていき、首都圏ではすでに日常が復権している。しかし小高に足を運べば、非日常は終わっていないのだとありありと感じられる。

生活インフラの回復がようやく進みつつある小高区でのお手伝い、まだまだやめるわけにいかないと思う。

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いつもNAKANOさんのブログを拝見して共感し、感動しています。これからも「今の被災地」についてお教えいただきたく存じますので、くれぐれもお体を大切にされますようお願いいたします。

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ありがとうございます。(^-^)
幸い体は丈夫です。東北被災地を気にかける人たちのために、これからも見たもの・感じたことを記していくつもりです。

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