小高区上根沢でお手伝い 忘れられない「70cmのゴミ袋にものを詰め込む」話(援人 0329便)

Posted on 2013年4月1日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , |

ボランティアチーム援人、ワゴン援人号0329便、南相馬でのお手伝いの記録。

災害の復旧・復興に関わるボランティアなどが事前申請によって高速道路を無料で通行できる「災害派遣等従事車両証明書」の発行。この制度は東日本大震災の発災から2年間にわたって続いたが、2013年3月末をもってついに終了した。
今回は、この証明書を利用させてもらう最後のお手伝いとなった。

災害派遣等従事車両証明書、2013年3月末日で終了

ボランティアは自弁(自分で賄う)が基本だが、高額な高速料金の負担なしに東北へ何度もお手伝いに行くことができたのは本当にありがたかった。国や公的機関がボランティアに与えてくれていた“補助輪”だったと思う。

もちろんニーズはまだあるのだから、これからも援人はお手伝いを続けるつもりだ。だけどこういう機会は、今やっているお手伝いの意義をもう一段掘り下げて自分に問うべきときでもあるんだと思う。

3月30日(土)は、南相馬市小高区上根沢という地域でのお手伝いだった。
区役所から1kmほど南下し、沿岸から3kmほど内陸にあり、屋外の放射線量は1μSv/hから1.5μSv/hと比較的高いところだ。

敷地内には家が三棟あり、田んぼも二段、それぞれ三~五枚ととても広い。
このお宅は実は援人が昨年11月にもお手伝いに伺ったところだが(ぼくは不参加)、今回はやり残した場所を中心に草刈りのお手伝いとなった。女性も含めメンバー10人全員が刈払機を携えて小チームを組み、方々に散らばった。

南相馬小高区上根沢でお手伝い(援人 2013年3月30日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

依頼主のシニアのご夫婦は缶コーヒーやパンを出してくれ、休憩時間や作業の合間にいろいろな話を聞かせてくれた。

震災前、このお宅ではお米はすべて自作していたという。天然水を使って育てる米はとてもおいしく自慢だったと。原発災害が起きた後、ご夫婦はしばらく山形県米沢市に避難されていたのだが、現在お米は米沢避難中に知り合った農家から分けてもらっているという。野菜も自作したりご近所で分け合ったりしていたので、今ではスーパーで買うしかない野菜は「味がちっともしない。おいしくない」と奥さんは愚痴をこぼす。

いろいろ伺った話の中で、特にぼくの印象に残ったものがある。

警戒区域が解除される前、一時立ち入りで2回ほど自宅に戻ることができたが、あるときなどは70cmのゴミ袋(70cm×50cm、30リットル入るサイズだろう)一枚を渡され、持ち出す荷物はこれに収まるものでと言われた。奥さんはそれを伸ばし、さらに自分で黒いポリ袋を継ぎ足してまでものを詰め込み、最後に縦・横をひもで何重にも縛った。大きなその袋を車に積むとき、サポートで来ていた東京電力のスタッフが手伝ってくれたという。

この70cmのごみ袋の話に、なぜ強く印象づけられたのか。原発災害で自分の家を追い立てられ、一旦すべてを取り上げられ、そして制限付きの帰宅では袋一枚分だけを取り戻すことが許されるという理不尽さ、そして悲哀が際立って感じられたからかもしれない。

南相馬小高区上根沢でお手伝い(援人 2013年3月30日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

刈払機を使う作業は比較的単調な反復であり、刃先に意識を集中していると、やがてほぼ無心になる。
あるときそんな状態からふと我にかえって周りに目をやると、草をきれいに刈ったことで、二段めの田んぼにくだっていく農道がおだやかな一本道として伸びていき、視界がひらけていた。

“あ、道ができた”と感じた。
小高に来て長く辛い状況にある方々の話を聴くと、「一体なにができるんだろう」と心がもやもやする。状況を一転させるようなことなどできないが、これが自分たちができることなんだ、と思った。

敷地内では梅の花がきれいに咲いていた。南相馬ではそろそろ桜も開花しはじめたようだ。

南相馬小高区上根沢でお手伝い(援人 2013年3月30日) Volunteer at Minamisoma, Fukushima. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

夕食。二本松に立ち寄り、杉乃家さんで浪江焼そば+川俣シャモ親子丼(写真はちょっと食べかけ)。
もう何度も通って顔も覚えてもらった。元気よく食べるとご主人やおばさんがニコニコしてくれるのが嬉しくて、今夜もがんばって完食した(うっぷ)。裏では、焼そばの大盛りで玉砕したメンバーも…。

杉乃家さんで浪江焼そば+川俣シャモ親子丼。

郡山からわざわざ友人と連れも合流してくれて、十数人で楽しく食べた。この日初めて来たメンバーも少なくなかったが、みんな喜んでいた。楽しみながらできる、こういう貢献もいい。

またお手伝いに行こう。

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