援人隊、久しぶりに南相馬市原町区(旧警戒区域)でお手伝い、のち浪江焼そば(0222便)

Posted on 2013年2月24日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , |

ボランティアチーム援人」の東北被災地でのお手伝いの記録。
今回は、2013年2月22日(金)の深夜に東京を出て、ワゴンに9人のメンバーで福島県南相馬市へお手伝いに行った。

早朝4時すぎの安達太良SA、雪。この後すぐ二本松インターを降りた後も、雪の勢いは強かった。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

6時30分ごろ、南相馬の沿岸部へ向かう。
Yさんの提案で朝一に立ち寄った場所は、原町区下渋佐にある八坂神社。神社は津波で社殿も鎮守の森も、全てが失われてしまったが、震災後(2012年9月)に小さな社と鳥居が復元されたという。海まで200mぐらいしかない場所で、あたりは被災後に一面整地された状態。付近には分別された瓦礫の山や、盛土された堤のような場所もあった。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

神社に参拝して凍えた体で車に戻ると、水平線の上の雲の間から曙光が差してきた。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

朝食や買い物を済ませた後、小高区のボランティアセンターへ。
朝のミーティングで、この日のお手伝いは原町区での草刈りのお手伝いと決まった。ぼくたち援人と、センター常連のチームJ、O三チームの合同で、総勢20人になった。合同というのは珍しく、出発前の準備はちょっと混乱する。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

ニーズ票を改めて見ると、やはりお手伝い先は原町区。なぜ小高のセンターが原町区を? と思ったが、避難指示解除準備区域(旧警戒区域)には原町区の一部も含まれていることを思い出した。現地で依頼主に確認すると、やはり旧警戒区域に含まれていた(注:お手伝い先は原町区堤谷)。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

天気予報通り気温はかなり下がったが、快晴のため作業はしやすい。チーム毎に畑を分担し、草を刈って脇に寄せていく。斜面の竹林がなかなかの難物だったようだ。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

お手伝い中、依頼主はぼくらからやや離れた場所で、鎌を持って淡々と草刈りをされていた。

昼過ぎ、缶のあたたかい飲み物の差し入れをいただいた。
お礼を言いに行って少し話をする。訛りがなかなかきついので七割ぐらいしか理解できなかったが、まず今日草刈りをしている五枚の畑は田んぼで、米をつくっていた、と。兼業農家で野菜や果物も作っていた(敷地内にはハウスが五棟ぐらい)。田んぼに給水用のポンプを入れるなど改善していた矢先に震災が来た。除染が済んだら、やはり田んぼは再開したい。立っている鉄塔はKDDIの電波塔。20年契約だが、そんな先まで自分が生きていられるか…ハハハ、と笑った。

今朝お手伝いをはじめる前に見てまわったとき、草がある程度刈られている箇所が多い印象だった。そこで、ボランティアはこれまで何度か伺ったのですか? と尋ねると、初めてだという。
今もそんな人がいるんだな、と意外に感じた(旧警戒区域に災害ボランティアが入ったのは2012年4月だが、以後何度も、様々なお宅でお手伝いをしてきたので)。そして次に、こんなに大きな敷地をこれまで一人でやってこられたのか、と驚いた。

年配の方は「ボランティア」という行為に馴染んでおらず、また申し訳ないと遠慮してしまってなかなか頼めない、そんな意識もあると聞く。それでも、出遅れているこの旧警戒区域で住んでいた人たちが少しずつ再起を思い立ち、ボランティアにも助力を頼もうと思ってくれるなら、継続的に足を運んでいる者としてはとてもうれしいことだ。

お手伝いが終わってはらまちユッサで短い入浴をし、車が飯舘村に差しかかる頃には、夕陽で赤く染まった雲が目の前に大きく広がっていた。自然は美しく、家や公共施設などの建物も沿岸被災地に比べれば端正に保たれている。ただ、人はいない。福島第一原発事故がここをそういう場所にしてしまった。
一体なんの皮肉なのかと思う。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

二本松駅近くの杉乃家さん(浪江町から避難中)へ。今年はじめての「浪江焼そば」だ。これを食べるのをとても楽しみにしていた。
お店に入っていくと、ご主人がぼくらを覚えていてニコニコと迎えてくれた。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

このお店で、一度大食いのメンバー(Мくん、きみのことです)が、お店のおばさんに「皆さんが沢山食べるのを見るとうれしくって~」と言われたのを聞いて以来、ぼくは杉乃家さんではできるだけ沢山食べると決めている。男は(もちろん女も)、喜んでくれる人の前ではたらふく食わねばならない。

で、今回は浪江焼そば(これだけでも十分な量がある)の他に半かつ丼(これが良心的すぎて、ちっとも「半」じゃない。普通のどんぶりで出てくる)も注文した。

南相馬市原町区でお手伝い(ボランティアチーム援人, 2013年2月23日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

杉乃家さんの焼きそばはシンプルなのに本当においしいので、未経験の人はぜひ二本松に行って食べてみてほしい。焼きそばそのものがおいしいことはもちろん、古里を離れて再起をがんばる方々の心を感じることもできる、貴重な“焼きそば体験”なのだ。

今回の便は、援人に初参加のメンバーが2人いた。東北へいくボランティアが減っている中、新たな参加者はうれしい。

東北被災地の様子について、政府や行政の取り組みについて、いろんな人がさまざまな意見を言う。マクロなことについては、多くの人が意見を交わせばいい。だけどミクロレベルでできることについては、自ら手を動かした方がいい。その手段のひとつがボランティアだ。

当たり前だけど、ぼくらボランティアは「ニーズの所在」に敏感であるべきだ。ニーズがあるのならできるだけ行き、自分の都合で勝手にやめたりはしない。ニーズを無理につくってまで行くことはしない。…というシンプルなルールに忠実に、これからも行き続けよう。

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