南相馬の田園 放射線 季節外れの風鈴 2月9日と10日のお手伝いのメモ(ボランティアチーム援人)

Posted on 2013年2月11日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , |

2013年2月9日(土)と10日(日)、南相馬でのお手伝いで印象に残ったことを、いくつかメモがてらシェア。

南相馬市小高区でお手伝い(援人, 2013年2月9日・10日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

南相馬での二日間のお手伝いを終え、東京に戻っているところ。(最近のぼくのブログは、東京への戻りの車中でスマートフォンで打ったメモに最低限の加筆をしたものです。)

一日めのお手伝い先は国道より海側のお宅。一帯の家々は広くダメージを受け、まだ畑に放置された車もある、そんな場所。
ぼくらのミッションは、すでに敷地内に出されある程度分別もされた大量の家財類を分解したり折ったりして細かくし、トンパックに詰めていくこと。大きな家具、建材の合板、フローリングの床などは実に頑丈で難物だった。

南相馬市小高区でお手伝い(援人, 2013年2月9日・10日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

真鍮の飾り付き取っ手が付いた古いタンスをいくつか壊した。そのうち一つ(恐らく津波の水を吸ってしまい開かなくなってしまったのだろう)を壊すと、一つの引き出しに丸々写真が詰まっていた。写真といってもスナップ写真の類いではなく、親族が集まった写真、軍服姿の写真、婚礼の写真、丸々とした赤ちゃんの写真など、写真館で撮った写真ばかり。どれも白黒だ。
こういう写真が出てくることは最近は滅多にない。お手伝いの終わりに、依頼主に電話でお知らせした。どんな写真かうまく説明できなかったためかあまりピンときていない様子だったが、現物を見ればきっと喜んでもらえると思う。

その夜、夕食などを買いにいったイオンで、食品コーナーの一角に山積みされていたお米が目に留まった。10kg入りのひとめぼれで、「会津産」そして「福島県産」と大きく書いてあり、その下には福島県をハイライトした地図の絵柄まであった。

これは福島以外の地方では多くの人が拒絶する表現だろうし、福島でも何割かの人は眉をひそめる訴求内容かもしれない。
でもぼくは、この誇らしげなパッケージにこめた思い、そしてこれが流通するまでに携わった人たちの寡黙な(不検出の米をつくるための)努力が見えるようで、感じ入ってしまった。(買えばよかったな…と今少し後悔中。)

南相馬市小高区でお手伝い(援人, 2013年2月9日・10日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

二日めの朝。小高のセンターによく姿を見せる犬「ミツオ」に会う。昼食用に買ったソーセージを半分やった。

南相馬市小高区でお手伝い(援人, 2013年2月9日・10日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

この日のお手伝い先はやや内陸部の個人宅。小高区は、沿岸部は東京とさほど変わらない放射線量の場所もあるが、内陸に行くほど高くなる。この地域は除染して再び住むことも難しいだろうと思う。

南相馬市小高区でお手伝い(援人, 2013年2月9日・10日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

お手伝い中、依頼主の老夫婦が鹿島区の仮住まいから来られた。挨拶をして作業を続ける。

埃だらけになりながら納屋を解体する作業も終盤に差しかかった頃、ふと風鈴の音がするのに気づいた。音のする方を見ると、立派な母屋の南側の窓という窓が全て開け放たれている。風鈴は二階の廊下にかかっていた。
恐らくボランティアが入る際など自宅を訪れる度に、手入れのために窓を開けているのだろう。

南相馬市小高区でお手伝い(援人, 2013年2月9日・10日) Volunteer work at Minamisoma city, Fukushima pref. Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident.

穏やかな老夫婦。田園地帯にある心地よさそうな家。放射線。季節はずれの風鈴。
休憩時間に風鈴を見上げながら、素直に結びつけることが難しいそれらの事柄についてぐるぐると考えていた。

1日めも2日めも、センターを訪れて作業を依頼する小高の人と会った。いずれももう背が丸まりつつあるシニアだった。彼らはどうあっても町に戻りたいだろう。そして帰るまでの間、自宅を荒れさせたくはないだろう。

またお手伝いに行こうと思う。

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