2012年最後の東北ボランティア、南相馬市小高区で(ボランティアチーム援人)

Posted on 2012年12月24日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , |

12月22日(土)、今年27回め(だいたい合ってるはず)にして2012年最後の東北でのお手伝いを、南相馬市小高区で終えた。

小高区の南相馬市ボランティア活動センター、朝礼の様子。この日は個人ボランティア、大型バスツアー2台、東京電力の社員ボランティアを合わせて200人ほどだった。

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

お手伝い先は小高区大井。国道6号線より海側で、海までは500mほど。このお宅はやや高台なので地震の被害だけだったようだが、付近の低い地域の一軒家はほとんど津波にぶち抜かれ、電柱は曲がったり折れたりしたままだった。

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

お手伝い内容は、家屋の周りに散在した瓦やスレート、コンクリートなどの片付け(木の伐採も頼まれたが、チェーンソーが必要なタスクで次のチームに持ち越し)。瓦は、一度土盛りの表面の雑草を刈払機で刈って掘るとどんどん出てきた。

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

途中、家主の方がご挨拶に見え(今は原町区に仮住まいがあるという)、「ちょくちょく足を運んで草刈りなどをしているけど追いつかなくて…」と喜ばれていた(このお宅は震災後に補修工事をした様子もあり、避難指示解除準備区域が解かれれば再び住む予定なのだろう)。

家主の方がこれまで方々に集めていた雑草などもきれいに集め、その他の被災財の分類も終えて、ミッション終了!

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

この日の天気は、予報通り15時まできっちり雨。雨だからと寒さをやや甘く見ていたけど、昼にかけてどんどん気温が下がっていき、指先や足先がかじかんで痛くなる。なかなかの試練だった。今年1月や2月、雪の牡鹿半島や南相馬で活動したときのあの厳しさを思い出した。

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

最近の小高のお手伝いでは、依頼主の方とお会いできる機会が増えた。そして彼らの顏や話される内容が、以前よりやや穏やかになったような気がする。まだまだ先は長いが、ぼくらがお手伝いを続けることで、少しずつ小高の町を再興するやる気を取り戻してもらえれば…と思う。

センターに戻って道具を片付け、作業報告を終え、今年最後の記念撮影。

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

帰路は飯舘村を越え、二本松へ。目当ては二本松駅前の「杉乃家」さん。震災前は浪江町でやっていたお店だが、今は浪江町の人が多く仮設住宅に住むこの二本松市で営業中だ。

今年最後の浪江焼そばを食べる。いわゆるB級グルメは食べてみると特に印象に残らないものが多いが、これは本当においしい。

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

この1年も、飽きることなく東北行きを続けてきた。やったことは、金曜日に夜行で東北へ行き1日お手伝いをして帰ってくるという、単調でストイックな行為だ。仲間たちの「また行きましょう」の声に鼓舞され続けた。また、東北被災地の状況をつぶさに追うことで、自分を励ましてきた面もあった。

東日本大震災は、ぼくらの世代にとって未曾有のできごとだ。そして東京電力福島第一原発の事故がもたらした影響は、特に福島では本当に深刻なものだ。何より家族や友人、地域と引き離された人たちの辛い境遇は想像を絶する。
できるだけ多くの人が、これからも東北被災地に関わり続ける必要がある。

ニーズがあることを知っている以上、被災地ボランティアは一方的に打ち切るものじゃない。だから、来年も行こう。

杉乃家さんの前に貼ってあった沢山の短冊のなかのメッセージ。

2012年最後の東北ボランティア(南相馬市小高区) Volunteer at Odaka, Minamisoma (Fukushima pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

「えがおのときがふえますように」。

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