石巻市追波湾でお手伝い(ボランティアチーム援人)

Posted on 2012年9月9日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、2012年9月8日(土)、石巻市の長面(ながつら)でのお手伝いの記録。

10人のメンバーで金曜夜に東京を発ったワゴン援人号は、石巻の追波湾沿岸に向かう。多数の被害者が出た大川小学校周辺などで不明者・遺留品捜索を続ける「DSP災害支援プロジェクト」さんの傘下でお手伝いをするため。

朝、集合場所の大川小学校の近くに到着。被災した校舎は無残な姿を残し、慰霊碑の前には沢山の花や供え物があった。厳粛な気持ちになる。

大川小学校, 石巻市追波湾の長面漁港そばでお手伝い (援人) Volunteer work at Ishinomaki (MIyagi pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake

お手伝い先は、そこからさらに先、まだ冠水したままの地区も多い長面地区だ。

石巻市追波湾の長面漁港そばでお手伝い (援人) Volunteer work at Ishinomaki (MIyagi pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake

強い日差しや暑さの中、道路脇の雑草で覆われた地帯の草を刈り、津波で被ったと思われる土砂を掘り起こしていく。ハードな作業だ。

石巻市追波湾の長面漁港そばでお手伝い (援人) Volunteer work at Ishinomaki (MIyagi pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake

姿を現わした被災財の数々。ぼくは主に、漁網やブルーシートとの格闘に明け暮れた。

石巻市追波湾の長面漁港そばでお手伝い (援人) Volunteer work at Ishinomaki (MIyagi pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake

この作業を、DSPさんは「捜索活動」と呼んでいる。瓦礫を掘り起こすことで、遺骨や遺留品が見つかるかもしれないからだ。この地区ではまだ行方不明の人が数多くいて、このように一つ一つの場所をクリアにしていくことで、ご遺族が納得し、意味があるという。

被災材が混じった土砂の中から「長面(ながつら)漁港」という看板が出てきた。石巻市と合併する前のものか。

石巻市追波湾の長面漁港そばでお手伝い (援人) Volunteer work at Ishinomaki (MIyagi pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake

お手伝いが終わり、参加メンバーで記念撮影。

石巻市追波湾の長面漁港そばでお手伝い (援人) Volunteer work at Ishinomaki (MIyagi pref.), Affrected by the Tsunami of Japan Earthquake

数日前の新聞に、都心にある被災三県のアンテナショップの売上が減少してきている、というニュースがあった。東北被災地は忘れられてきている。

実際に足を運ぶことはもちろん、周りに見てきたものを伝え、思い出してもらうことはこれからますます大事になるのだろう。

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