竜巻被害のつくば市北条地区でお手伝い (ボランティアチーム援人)

Posted on 2012年5月27日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , , |

2012年5月12日(土)と13日(日)の2日間、突発的な竜巻被害で大きな被害を受けたつくば市の北条地区に、ボランティアチーム援人の仲間と行ってきた。早朝に東京駅前に集合、車2台でつくば市へ。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day1 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

5月6日に関東北部を襲った竜巻で、茨城県つくば市は全壊196棟を含めて956棟もの家屋が被害を受けたという。なかでも特にダメージが大きく報道で何度も取り上げられたのが北条地区だった。
被害区域に着くと、崩れかかった家やブルーシートで覆われた屋根などから、竜巻の経路がおおよそわかった。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day1 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

朝、社協ボラセンは人が殺到しているという話を聞き、東日本大震災や和歌山の水害での迅速な初動で知られ、北条小学校下にベースを構えていた「OPEN JAPAN」の下での活動を決めた。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day1 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

1日め:崩れた納屋からの家財道具運び出し、田んぼの瓦礫拾いなど

まず午前は、北条小学校下から徒歩で3分ほどの個人のお宅へ。倒壊した納屋から家財道具が散乱しており、その運び出しをお手伝いした。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day1 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

午後は、今回の竜巻のグラウンドゼロ(爆心地)ともいえる雇用促進住宅前の田んぼでの瓦礫拾い。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day1 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

残りの時間で時間で住宅前のガラス片拾。
復旧に欠くことができないニーズを体感しながら、お手伝いを終えた。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day1 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

この日の北条の街は、社会福祉協議会の災害ボランティアセンターの他、OPEN JAPAN、テラセンなどの外部のボランティアはもちろん、消防団、そして「つくば市」の腕章をした建設業の人たち(彼らもボランティア出動だという)が多数駆けつけ、またもちろん家主の方たちも家財の運び出しや掃除に取り組み、不思議な“活況”を呈していた。

この日1日だけでもかなり片付けが進み、復旧ニーズは短期決戦のようだったが、まだニーズはある。翌日もお手伝いに行くことを決めた。

2日め:仮住まいへの家具運び、取り壊し予定の家屋から家財道具の撤去

2日め。再び北条小学校下のOPEN JAPANの受付所へ。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day2 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

この日の割り当ては、地域を遊軍的に回りながらちょっとしたお手伝いや散乱したゴミ拾いなどをすること。付近のお宅に挨拶をしながら歩いていくと、早速いくつかの要請をいただいた(大きめのニーズは一旦受付所に持ち帰る)。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day2 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

最初のお手伝いは、Kさん宅で、壊れた家屋から車で30分ほどの避難先へ家財道具を運び出すこと。冷蔵庫やキャビネットなど大型のものを運ぶため、援人隊が持ち込んでいたトラックとワゴンが役立った。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day2 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

残ったチームはKさん宅の敷地内でガラス片拾いなどを進め、引越し隊が戻ったタイミングで木造家屋内からの家財道具出しをスタート(天井に何ヵ所にも穴が開き落ちそうな屋根瓦などはあったが、それらを落としてから入った)。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day2 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

途中から学生ボランティア団体も駆けつけ、またダンプへの瓦礫の積み込みは消防団の人たちが協力してくれたため、終了時間には家屋内はがらんどうになった。

つくば市北条で竜巻災害ボランティア Day2 (援人) Volunteer work @ Hojo, Tskukuba-city, Destroyed by the Tornado of May 6 2012

Kさん宅では、敷地を更地に戻して再出発するとのことだった。

このお宅には中学生の男の子もいて、彼もぼくらの作業に加わってくれた。彼は今回の竜巻でたった一人亡くなった中学生の同級生だ。お父さんは、今日ぼくらが瓦礫出しをした家で怪我をし入院中だという。

消防団や建設業協会の人たちの活躍を見て、この地域の「共助力」の高さを感じた。また、発災直後の余計な説明は一切必要がない復旧ニーズの太さというものも体感できた。

今回の活動は、ボランティアチーム援人にとって初の「東日本大震災の被災地以外でのお手伝い」になった。事前調査、メンバー集め、車の手配、そして装備などの面で3.11ボランティアでの経験が活かされたと思う。

「全部捨ててくれ」「全部切ってくれ」

Facebookの「つくば災害情報/ボランティア等共有グループ」のあるトピックで、ハッとさせられたコメントがあった。

被災地では、家主さんはよく「全部捨ててくれ」「全部切ってくれ」といいますが、非常時の中、家主さんに正常な判断が出来るわけがありません。緊急性ない物に関しては切れ、と言われても残しておきます。
そして最後に、切るのはいつでも切れるので、その時は呼んでください、と伝えます。
家財も同様です。捨ててくれ、と言っても、残しておきます。捨てるのは簡単ですから。

なるほどなぁ。ぼくらがお手伝いした二軒のお宅のことを思い出してみた。
一軒は納屋が潰れて収納していたものがはみ出し、もう一軒は古い木造家屋の屋根に何ヵ所も穴が開き、家主さんは家の取り壊しを決意していた。両方のお宅で、家主さんの意向を聞いてお手伝いを進め、「本当にこれ全部捨てていいのかなぁ」と思いながらもどんどん運び出した。消防団や建設業協会の人たちが協力し、回収のダンプがそれらを速やかに運び去った。

あれでよかったのか、浅慮ではなかったかな、と振り返ってみて思う。

1日めのお宅では「全部捨ててもいい」と言われたけど、箪笥に着物などがあったので確認を取ると、「透明な衣装ケースに入った着物だけは残したい。探してください」と。でも結局それは見つからなかった。
2日めのお宅では、形見の衣服や写真、私信や書類について残すかについて、家主さんと親戚で意見の違いがあった。また、その場にいた20代ぐらいの娘さんが小学校1年生のときの羽子板が出てきて(書いてある名前でわかった)、すぐに捨てる気が起きなくて脇によけておいた。最終的には全部ダンプが持っていってしまったが。

特に2日めのお宅は敷地内の家二軒がダメになってしまった。手狭な仮住まいに移るという現実で頭が一杯で、まだ使えるものや思い出の品などを残すことを冷静に考えられる段階ではなかったのかもしれない。

つくばを襲った竜巻:Kさん宅の場合

Kさん宅を襲った「竜巻がどんなものだったか」について、有用だと思うので共有しておく。

Kさん宅は、南から北東方向に向かった竜巻のコースの終端の方に位置している。
家はなだらかな丘陵のやや高台にあり、南方面は樹木がまばらに立っている。敷地には、南から北に向かって新築の家、道具小屋二棟、古い木造の家と並んでいる。最後の古い家が道路に面している。

当時、新家の一階にはKさん(女性。50代ぐらい?)と娘さん、その赤ちゃんがいた。
竜巻は南から来たが、Kさん宅の南方向はちょっとした林になっているため、直前まで異変に気づかなかった。音もしなかった。
竜巻が来る直前、Kさんは窓の外に鳥の大群が二度ほど、窓の外を右から左へ、左から右へと飛んでいくのを見た。今思えば、飛んでいたのでなく竜巻に巻き込まれていたのかもしれない。(竜巻の後、骨の折れた鳥が地面に落ちているのを見たそうだ)
突然空の色が変わり、「ガラガラガラ」と大きな音がした(竜巻が巻き上げたものがぶつかりあう音?)
Kさんはとっさに「竜巻だ」と思い(この辺がすごい)、最初トイレに逃げ込もうとしたが、間に合わず、娘さん、赤ちゃんと共に居間と廊下を隔てる壁の裏に身を潜めた。
南側から吹き込んだ風は、大型液晶テレビや冷蔵庫などを全て北側の勝手口の方へ押しやった。
Kさんは「家が一度開いた」と表現していたが、竜巻の後で片付けをしていると、南側の室内の壁と床の間に赤ちゃんのよだれ掛けがはさまっていた。引っ張っても取れない。別の壁と床の間にはパソコンのLANケーブルが挟まって取れなくなっていた。つまり、家が一度持ち上がろうとしたのだ。(北条で全壊した家屋のいくつかは、窓を破った竜巻が内側から家を吹き上げ、土台から剥がされて横転などしている)
新家と旧家の間の庭には飼い犬がいた。竜巻の後でそちらに出ると瓦礫が山積みだったため、犬はもうダメだろうと紐をたぐってみると切れていた。後で、犬は数100m離れたところで無事で見つかった。

新家の方は、屋根が数ヵ所穴が開き、天井が敗れた程度の被害だった。
一方、新家に続いて旧家を襲った竜巻では、そちらにいたご主人の上に破れた屋根と天井から屋根瓦などが降り注いだ。ご主人は大怪我をし、今入院されているという。

一般的な教訓のようなものは得られないと思う。が、天気予報に注意すること、異変を感じたらともかく身を隠すこと、は重要だと思う。

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