春の雨の牡鹿半島、大原浜で瓦礫片付けのお手伝い (ボランティアチーム援人)

Posted on 2012年3月27日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , , |

2012年3月16日(金)から18日(日)にかけて、0泊3日の牡鹿半島行きボランティアバス「援人号」の活動記録。

金曜の23時、少し暖かさを感じる春めいた夜の空気。この日、大型バス「援人号」は42人の参加者を乗せて東京駅前を出発した。
出発直後のオリエンテーションで「東北ボランティアは初めてという人は?」と聞いてみたところ、手が挙がったのは6人ほど。

牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

翌土曜日の朝、石巻を経て牡鹿半島に入る。空は曇りで、時々晴れ間が見えるが、徐々に全体に乳白色になっていった。
写真は小渕浜のあたり。先日お手伝いしたワカメ加工場から湯気が上がっているのが見え、今日も稼動しているんだな、と少しうれしくなる。

牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

今日のお手伝い先は、大原浜。

海から一ブロックほど奥、たぶん以前は住居などが密に並んでいた区域内のL字型の土地で瓦礫片付けだ。壊れた建物が解体され、大きな瓦礫は運び出され、重機で粗く整地された後の場所のようだ。地面には細かく砕けた建材、コンクリート、瓦、そして家電用品、衣服、茶碗のかけらなど細かいものが散乱している。
援人隊のほか、マイクロバスやワゴン、自家用車の個人ボランティアなど、100人ぐらいがここで作業に取りかかった。

隣接する区画の多くには隅に選り分けられた瓦礫の山があり、すでに瓦礫拾いが済んでいるようだ。遠目には造成されたばかりの分譲地のようにも見える。バスの中からこの大原での活動の様子を見ることがあったが、これまで沢山のボランティアたちが作業をリレーしてきたのだろう。

牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

ガテン系が得意なメンバーの何人かは、表面だけでなく土の中に埋まった瓦礫を探し出し、大物をコンスタントに掘り出していた。

11時を過ぎた頃、地中に完全に隠れていた側溝が見つかった。そこに集まったメンバーのペースが俄然が上がり、側溝の伸びる先を予測しながら急ピッチで地面を掘り返していく。
一方、作業開始直後に振り出した雨が、この頃徐々に強くなってきていた。レインウェアの中にも徐々に雨が浸みこみはじめ、寒さで厳しい表情のメンバーが増えはじめる。ただ、気温はここ数週間に比べるとずっと暖かい。先週までなら雨でなく雪が降っていたはずだ。

牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

昼は、雨を避けるため、大原地区の災害対策センターの軒下や休憩所をお借りして「おしかのれん街」で作ってもらった弁当を食べた。

牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

13時前、作業再開。
午前中に蓋開けが進んでいた側溝の泥出しに皆が一斉に取り付く。長い側溝が、あっという間に空になっていった。かき上げられた泥には、茶碗など人の生活を想像させるものもいくつか含まれていた。

牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

雨の勢いは弱まらない。作業の区切りもいいことから、最後にもう一度細かい瓦礫拾いをした後で作業は終了となった。

雨の中、バスに乗る前に記念撮影(またもレンズに雨粒が付いていたため、一部の人がボケボケ)。

記念撮影, 牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

作業が早く終わったので、予定にはなかったおしかのれん街での買い物タイム。メンバーは魚や日本酒などのお土産を買うだけでなく、短い時間なのにラーメンを食べたり、寿司とビールを楽しむ猛者までいたり、と買い物や飲食での貢献に勤しんだ。

牡鹿半島を出て、16時30分ごろに石巻の「道の駅 上品の郷」に到着。
ここに併設された「ふたごの湯」は、褐色のなめらかな温泉でとても気持ちがいい。雨で冷えた体をゆっくりとほぐすことができた。

上品の郷, 牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

帰路の感想タイム。
久々に参加してくれたSさんの「(この時期になっても)まだ瓦礫拾いのお手伝いが残っているとは思わなかった」という感想、そしてリピーターHさんの高校生になる娘さんの「不安だったけど、私にもできることがあるとわかりました。周りにも話してみます。そしてまた参加します」という感想が印象に残った。

この日は、リピーターKさんが誘った友人たちが何人も参加。また感想タイムで、個人的に取り組んでいる仮設住宅支援の紹介や、会社の被災地支援イベントの告知などをする人が何人か。東北支援の輪の広がりや、個人の内の深まりを感じさせるものだった。

日曜の朝4時前、バスは無事東京に到着。

牡鹿半島でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula(Miyagi pref), Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

「ボランティアチーム援人」を立ち上げたのは今年の1月だ。
厳しい冬に立ち向かうような東北通いが続いた。都度のお手伝いでも、ゴールがまだずっと先にあるマラソンの序盤をひた走るような感覚を、いつも抱く。

それが、今回のゆるみはじめた気候の中でのお手伝いでは、目や肌で感じる春らしさのせいもあるのか、ここも少しずつよくなりはじめているんだ…という思いが湧き上がってきた。
暮らす人たちも同じような思いだろうか。春になることが仮初めの明るさをもたらすだけでなく、確かに復旧しつつあるんだと実感できるようなプロセスになっていけばいいと思う。

そのために役立つことができるなら、援人はまだまだお手伝いを続けたい。

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