南相馬で雪を押しのけ瓦礫を仕分けてきた2日間 (援人ヨネザワ号)

Posted on 2012年3月16日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , , |

2012年3月2日(金)から3月4日(日)まで、“援人ヨネザワ号”での福島県南相馬市での震災ボランティアの記録。今回は3日に全日、4日に半日で合計1.5日のお手伝い。

この週はボランティアチーム援人としての活動は休みで、久々に山にでも…と考えていた。が、南相馬の仲町ボランティア活動センターで人手が足りないという情報を得て、すぐに福島か仙台まで夜行バス、お手伝いは土日の2日、帰りは福島までバス、新幹線で東京へ──というコースを思い浮かべながらFacebookに投稿。すると何人かのメンバーから手が挙がり、米澤さんが出してくれる自家用車(ヨネザワ号)に乗って6人で行くことになった。男4人・女2人、うち南相馬初めて組は3人。

雪と渋滞に阻まれる

今回の南相馬行きは雪の影響をかなり受けた。夜中、高速道路のある区間が通行止めになり、ICを降りる車列が大渋滞となった。通行止めの解除を受け、再び高速に入りなおして安達太良SAに着いたのが、もう朝食の時間。──と、いつもの東北行きより3~5時間は遅れることになった。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

しかし行き先が福島だったことも幸いして、南相馬に到着したのは10時を少し過ぎた頃。未明までかなり雪が降ったらしく、仲町センターの敷地内も5~10cmぐらい積もっていた。
荷物を解いて着替え、センター長に挨拶をし、すぐに今日のお手伝い現場へ向かう。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

お手伝い先は、再び鹿島区烏崎

お手伝い先は、6号線を北上して原町火力発電所の方へ曲がった先にある鹿島区烏崎(からすざき)。先日援人隊がお手伝いした田んぼよりやや海側、斜面に沿って延びている側溝の掃除が今日のミッションだ。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

側溝の瓦礫や泥はすでに路肩に上げられていて、山側の斜面や路肩の瓦礫の山を分別し運ぶことが仕事なのだが、どちらも雪を20cmぐらい被っている。そこで、まずは道路の雪を取り除くことが先決。スコップやテミ、ネコなどで効率的な方法を試しながらひたすら雪かきをする。腰にくる作業だ。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

雪を取り除いた後は、土砂にレーキやクワを入れて瓦礫を選り分け、分別して捨てる。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

鹿島区の海沿いには建物はほとんどなく、荒涼とした景色が広がっている。そんななか、北東方向の沿岸部でショベルカーが瓦礫の山の分別に勤しんでいる姿が見えた。動くものがない一帯での作業中、時々目をやると少し励まされる気がした。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

3日(日)、お手伝いの2日め。
この日は、いつもの瓦礫片付けや側溝掃除案件のほか、付近の住民の方たちのお話を聞いてニーズ収集もする“自転車隊”16人が出ることになっていた。また仲町児童館では原発災害賠償についての住民への説明会が開かれるとのことで、朝から沢山の人が出入りしていた。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

ぼくらのチームは前日の現場へ向かった。二日めの雪は、より固く重い。

瓦礫を仕分けているとき、斜面に鮮明に写真が突き刺さってるのが目に留まった。丁寧にビニールで包まれているため状態がよく、鮮明に見える。おそらく小学校の運動会の際に撮られたもので、しゃがんだお母さんの横顔とややうつむいた男の子が写っている。雰囲気からして昭和50年代くらいか。センターに持ち帰ることにした。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

この日のうちに帰京する必要があるので、ぼくらのチームのお手伝いは午前中で終わり。途中からやってきた埼玉のチームに作業を引き継ぎ、最後に側溝のそばで記念撮影。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

忘れられない景色

今回の南相馬で、強く印象に残った光景がふたつある。

原町区萱浜(かいはま)。街灯もなく、ほぼ漆黒といっていい夜の闇の中で輝く「ありがとう みんながわらいあえるところにます」というネオンサイン。
このサインのすぐ奥にある上野さんのお宅に少しだけお邪魔し、玄関先の、沢山の花などが添えられた手作り祭壇にお線香をあげさせてもらった。お宅の一階部分は津波の爪跡が未だ生々しく残っている。まだ見つかっていないご家族がいるという。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

もうひとつ。2日めのお手伝いの後、少し海の方を見に行ってみた。
南側に原町火力発電所(震災後は停止中)を望む沿岸部では、堤防がいたるところで倒壊し、その外にも内にも瓦礫がまだ沢山散乱している。また、恐らく地盤沈下のせいで大きな水溜まりができていた。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

仲町センターは「一人ボラセン」

朝、仲町ボランティア活動センターでは松本光雄センター長が依頼内容の説明とボランティアのマッチングを行う。

このセンターは南相馬市社協から委嘱された団体が運営しているものだが、実質はほぼ一人で運営されている(頻繁に足を運び手伝っているリピーターはもちろんいるが)。
他の自治体と同じく、南相馬市でも社協運営のボランティアセンターは「生活復興ボランティアセンター」 と改称し、活動の軸を生活のケア・心のケアへと移した。その流れとは逆に、松本氏は社協や地域の顔役と渡りをつけ、自ら軽トラックで瓦礫片付けや側溝掃除のニーズ調査をし、物資や器材を募り──と、災害ボランティアセンターの本来の役割を引き継いでいるようなかたちだ。

ここ最近、仲町センターには土日であれば30人から60人もボランティアが集まるようになってきた。平日は5、6人程度の日もあるようだが。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

4日、朝のオリエンテーションの時間に南相馬市社会福祉協議会の会長が来られ、ボランティアチーム援人としてボランティア活動に対する感謝状をいただくことができた(内示は事前にあったが、会長から手渡していただけるとは思っていなかった)。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

南相馬のおいしいもの

ボランティアの合間の限られた体験でしかないけど、南相馬にはおいしいものが結構ある。
1日めの昼、道の駅南相馬。ここのレストランの名物のひとつはメンチカツ(定食と丼がある)。他とはちょっと違う手づくり味で、とてもおいしい。

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

そして原町いちご。前回食べてみてびっくりするほど甘かったので、今回もお手伝い後に皆で食べようと一パック買った。甘~い。(写真は表面部分がちょっとあたって熟れてしまっているけど。)

南相馬で側溝掃除ボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref., Damaged by the Tsunami of Japan Earthquake and Fukushima Daiichi nuclear plant accident

まだ数回の訪問だけど、南相馬にも、徐々に忘れられないものやことが増えてきた。
これからもお手伝いを続けるつもり。

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お早ようございます, いつもブ口グを讀む度に日本のボランティアの方方に敬意を覺えます,こんな(苦力)の入る仕事をよく長い間頑張って來ました,ナ力ノさん!お体に氣を付けて頑張って下さい‧‧‧

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