大雪の中、牡鹿半島の小渕浜で側溝掃除のお手伝い (ボランティアチーム援人)

Posted on 2012年3月5日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , |

ボランティアチーム援人、2012年2月24日から26日まで0泊3日、宮城県の牡鹿半島で震災復興ボランティアの記録。今回のお手伝い先は小渕浜。もうすぐ操業が始まるというワカメ加工場の横を流れる側溝(といっても住宅街の細いものでなく、深さ1m以上・幅1.5mぐらいの排水路)の掃除のお手伝いをしてきた。天気は大雪。

金曜の23時、いつもの通り日本橋に集合。参加できないメンバーの何人かがわざわざ見送りに来てくれ、特に大森さんからはメッセージとチョコつきのカイロをいただいた。

7時前、石巻のローソンで朝食を購入。雪。明けてきた空は雲で真っ白だった。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

橋を越えて牡鹿半島に入る。左手の万石浦も右手の石巻湾も、真っ白で海面がよく見えない。
この後、半島を南下していくにつれて、大雪は滅多に降らないという牡鹿半島なのに雪がどんどん強くなってきた。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

この日の鮎川浜には、普段見ないほど多くのボランティアバスが集っていた。今日は400人ものボランティアが来るそうだ。比較的交通が便利な自治体でのボランティア受け入れが収束していく中、バス会社企画のツアーなどがシフトしてきた結果かもしれない。
旧牡鹿公民館内は、オリエンテーションを受ける団体の人たちなどで活気に溢れていた。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

援人隊は受付を済ませた後、小渕浜に移動。
今まさに建設中のワカメ加工場脇を流れる排水路の泥出し・瓦礫出しが今日のミッション。今日は潮位が低く、加工場が稼動する前のラストチャンスなんだとか。約20人の援人チームの他、10時ごろ別のボラバスも応援に加わる、との説明があった。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

早速お手伝いを始めて気づいたのは、今回の側溝は「つかみどころがない」ということ。溝内の水位は低いのだが濁っていて底が見えない。泥は薄く堆積しており、すくってもすくっても大した成果が出ない。また、ところどころ大きな岩や鉄製品、ガラスなどの瓦礫があるのだが、実体が見えないため取り出すのに苦労する…。
側溝掃除は投じた労力に対してストレートな見返りがあるのでガテン系ボランティアの象徴ともいえるが、今回はなんとも進捗が芳しくない。

また、水位を侮ったり、作業に夢中になったりで長靴内に浸水する人も続出した。ぼくも、穴が空いているという認識がなかった長靴に、底の方から両足とも水が浸み込んできた。手袋内にも水が入り、寒さで指先が痺れた。

手前のHさん(女性)は東北ボランティアは初めてのはずだが、率先してキツい部分に取り付いている。この日、援人隊には「東北ボランティア初めて」の人が3人参加していた。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

10時に来るはずのボラバスは悪天候で来られなくなったという。
代わりにNGO「甲斐のめぐみ」のバスがやってきた。震災直後の物資支援にはじまり、もうボラバスを40回近く出しているリスペクトすべき団体だ。援人隊との担当分けの後、早速作業をがんばっている。この頃には、雪がさらに強くなってきた。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

排水路の道路の下をくぐる部分からの瓦礫出しを試みる西坂さん。こういう部分にヘドロのほか岩や貝殻の塊などが詰まっており、作業が難しい。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

トンネル状の排水路のヘドロや瓦礫出しに左右からかかる。が、スコップでは届かないところがあり、胴長を着ているわけでもないので入ることもできない。そこで、支援機材として持ってきたアメリカンレーキとジョレンを使いはじめる。時間切れで完全に取り去ることはできなかったが、大部分の掻き出しに成功した。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

ベタベタした雪がやがてサラサラの雪質に変わり、するとみるみる積もりはじめた。気温もぐっと下がったようだ。
しばらく後で、牡鹿Pikariプロジェクトに常駐し今日の現場監督を務めている高野君から、11時45分で作業を中止とします、と告げられた(結局、この日は半島内すべてが午前で中止となったとか)。

最後に、側溝脇に積みあがった土のうを一箇所に集積するためのリレーが始まる。水分の多いヘドロが詰まった土のう袋は扱いづらく重かったが、2チーム合わせての人海戦術でなんとか終了。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

もはや吹雪といっても過言でない状況の中、援人隊は最後に記念撮影──したのはいいが、レンズに水滴が付いていたため、左半分の多くの人の顔はなんだかわからないことになってしまった(ぼくを含む)。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

作業後のぼく。皆から口々に「顔がすごい」「ゲリラ戦の後のよう」と賞賛(?)されるので、どんな顔なのか知りたくて引き揚げ前に撮ってもらった。

ちなみにこの日、作業中にレインジャケットの背中が鉄の棒に引っかかってビリビリと敗れた。前回の南相馬ではレインパンツも鮮やかにカギ裂きになった(のをガムテープを貼って使っていた)。安いカッパは水の浸透が早いので山用のグッズを使っていたのだが、やはりボラ現場はなかなか過酷だ。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

鮎川浜に戻る。
旧公民館の前には多数のテントが立ち、雪の中住民の方々のためのフリーマーケットが開かれていた。

楽しみにしていた昼食。仮設商店街「おしかのれん街」に新たに登場したカフェレストラン「BeeFor」さん謹製の「クジライス」(鯨肉のひき肉入りタコライス風ごはん)だ。援人のために試作していただいたものだという。この店の内装も、牡鹿Pikariプロジェクトさんが手伝ったものらしい。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

雪による通行止めなどに引っかからないよう、牡鹿半島から石巻へと早めに移動する。
道の駅上品の郷(じょうぼんのさと)。雪を眺めながら温泉につかるという至福の瞬間。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

自然薯入りのがんづき「モサガン」。南三陸の女性が考案したもので、震災前は人気ナンバーワン商品で、この2月に復活したばかりだとか。素朴でもちもちとした触感が楽しい。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

帰路の感想タイムでは、初参加のTさんの「初めてだったけど、気負わずに参加していいんだと思った。自分のペースでまたお手伝いに来たい」という言葉を聞き、じんわりと嬉しさを感じた。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

日曜日早朝、マイクロ援人号は東京駅近くに無事帰着した。

牡鹿半島の小渕浜でボランティア(ボランティアチーム援人) Volunteer at Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected by the Tsunami of Tohoku Earthquake

雪降る牡鹿半島は美しかったが、その中での作業はかなり過酷だった。

現地でサニー(高野君)から、“公民館組”(牡鹿Pikariプロジェクト)では積極的に住民の方にニーズを募っているわけではないが、今もどんどん増えているという話を聞いた。
お手伝いを終え公民館近くに戻ったマイクロバスの中から、積もった雪を見て早速雪かきをはじめた公民館組を眺めた。彼らのような存在は頼もしい。ぼくらは週一日のお手伝いが精一杯だけど、気持ちの上では彼らにできるだけ近づきたい、と改めて思った。

コメント / トラックバック2件 to “大雪の中、牡鹿半島の小渕浜で側溝掃除のお手伝い (ボランティアチーム援人)”

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又ご苦勞樣でした﹔今朝NHK番組で被災地のボランティアにおばか隊と名付けている事を報じていました,感心しました,ナ力ノさんの樣に今までずっとボランティアとして動らいています,春が近づいて來ましたから,少し氣分も良くなると思います…

いつもコメントありがとうございます。(^-^)
そうですね、ここのところ大雪にやられてますが、明らかに季節が変わってきているのを感じます。
そして今週末はあの大天災が起きた3月11日から1年です。淡々と続けてきましたが、まだ1年。忘れないためにも、まだまだ通い続けようと思っています。


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