南三陸町の志津川廻館で瓦礫片付けと泥出しをし、気仙沼の暗闇に差す光を見てきた話

Posted on 2011年12月5日. Filed under: 未分類 |

レーベン号、2011年11月25日便、27回めの東北行きの記録。

ひときわ冷え込んできた23時過ぎの日比谷、それでも参加者は続々と集まってきた。
レーベン号はちょっとだけクリスマス仕様になっていた。

日比谷, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

この日の昼、ちょっとびっくりする出来事があった。
ぼくの会社に届いたシンガポールからの絵ハガキ。差出人は知らない男性。内容は、「自分の故郷である南三陸町で、数度にわたってボランティア活動をしてくれてありがとう」というもの。「シンガポールより感謝をこめて」と結ばれていた。
弊社のサイトはぼくのブログの最新記事をインクルードしている。それを見つけ、会社宛てにわざわざお礼のハガキをくれたのだ。文中で波伝里(はでんや)に言及されているので、戸倉地区出身の人なのだろう。
東北被災地にボランティアに行くということは、実際の作業で役に立つだけでなく、周りで見ている人を元気づけ、また感謝もしていただける行動なんだ、ということを改めて実感した。

このお礼はぼく宛てというよりレーベン隊の皆に向けてのものであり、うれしい思いのシェアもしたかったので、この夜、まさに南三陸へ向かう一号車の中で、文面を読み上げ、皆に聞いてもらった。

6時前、トイレ休憩の矢本PA。朝焼けが空を染めていた。

矢本PA, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

7時ごろバスは南三陸町に入った。垂れこめた雲の下、重苦しい光景が広がりはじめる。

南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

仮設のセブンイレブンに、朝食を買うために停車。周囲は、荒れた地面や建物の基礎部分が見えるばかり。
帰路の感想タイムで、近くにある変電所の破壊のされように衝撃を受けた、と語った人がいた。

セブンイレブン天王前店, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

この日、南三陸町ボランティアセンターがあるベイサイドアリーナは、駐車スペースが白いシートで仕切られて「南三陸町職員合同慰霊祭」のための専用駐車場となっていた。そのため、ボランティアバスは道路に整列。受付を済ませ、揃いのビブスを着て、9時からのオリエンテーションを待つ。
お手伝い先は志津川中心部の廻館(まわりだて)地区と決まった。

ボランティアセンター, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

作業場所に向かうバスの中からは、ポツリポツリと仮設店舗や営業再開を告げるのぼりなどが見える。バス営業のラーメン屋もあった。が、その数は陸前高田と比べるとずっと少ないという印象だ。

南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

志津川駅前、ロータリーがあったように思われる場所に、ボランティア隊が到着。ボラセンでは「廻館」と案内されたが、実際は廻館前(まわりだてまえ)か塩入(しおいり)だろうか。

(※作業中は撮影禁止のため、以降の写真はなし。)

オレンジ色のビブスのリーダー隊3人、小グループなど個人ボランティア約30人、レーベン隊35人の混成チームが集まる。
リーダーのIさんは、レーベン隊が一つ団体だとわかると作業範囲内のある一角を任せてくれた。前回はいったん団体を解かれて全体チームにフラットに編入された感覚だったが、この方がやりやすい。レーベン隊はリピーターが多く、チーム内の息も合っているからだ。

作業スタート。
基礎だけとなった建物(あとでMRI画像フィルムらしきものが出てきたことから、医療系施設?)を中心に、付近に散乱したコンクリートの塊、アスファルト片、砕けた瓦、木材、衣料、金属、電気製品などを拾い集めていく。それぞれ山を作り、燃えるものはトンパック(大型土のう袋)に詰める。
一方、建物の基礎部分には一部ヘドロ化した泥が15~20cmほど堆積しており、力に自信がある男性を中心に泥かきも進める。

地面は、津波が残した瓦礫混じりの土砂を重機が踏み固めたもので、実は「掘れば掘るだけ出る」状態だ。が、リーダーの指示に従い、目に見える大きなものを中心に集めていく。この地区は8月から作業を進めてきたが、まだ終わらないという。

短い時間だけ太陽が差したが、それ以外は曇天と冷たい小雨。体を動かせば耐えられる寒さだ。

志津川駅の周辺で昼食休憩をとる。
土手に上がり駅のプラットフォームに腰かけると、小さな街の後を見渡すことができた。建物の骨組みだけ、窓が全て吹き飛んだ建物などがわずかに残る虚ろな光景が広がっていた

作業は14時過ぎに終了。現場で着替えや道具の洗浄を済ませ、ボランティアセンターに戻る。
出発前にバス前で記念撮影(オリジナルサイズは こちら )。

記念撮影, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

歌津伊里前(いさとまえ)へ。お手伝い先のCさんにご挨拶し、別働隊4人を迎える。

歌津伊里前, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

Cさん宅からは伊里前湾を見渡すことができる。こんなに高台にある家にまで、津波は駆け上がった。家は持ちこたえたが、引き波で移動してしまい道路に少しはみだしている。こちらには、翌週また別働隊がお手伝いに来る予定だ。

歌津伊里前, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

気仙沼に到着。

気仙沼プラザホテルで超カラス浴(造語)し、レーベン隊一番乗りで復興屋台村「気仙沼横丁」に辿り着いた。
この日、横丁はいよいよグランドオープンの日で、ゲートに屋根が付いたりシンボルの柱が立ったり、など入念に準備が進められていたらしい。

気仙沼横丁のグランドオープン, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

以下、気仙沼横丁が繁盛するよう願いを込めて、やや詳しくレポート。
横丁に着いたのは17時過ぎ。まだお客さんはまばらだ。

気仙沼横丁のグランドオープン, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

開店したばかりの「気仙沼ホルモン 狼煙(のろし)」に、一番客として入る。

狼煙(気仙沼横丁), 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

まず生ビールを頼み、事前にブログで見て決めていた「門崎丑ステーキ」を焼く。ステーキが焼けてくる頃、赤ワインに切り替える。うまーい…。

狼煙(気仙沼横丁), 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

気仙沼ホルモン、ハツモトなどを追加注文して堪能していると、そろそろお客さんが入りはじめる。そこで潔く撤収。

〆(しめ)は「あたみ屋」。先週来た時にはまだかかっていなかった暖簾がちょっと誇らしげだ。「感謝と笑顔で商い中」とある。うんうん。

あたみ屋ののれん(気仙沼横丁), 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

プレオープン時にはなかったラーメン。この日はついに始まっていた。昔のお馴染みさんが続々と訪れ、女性店主と楽しそうに喋っている。先週グッときた「今できることを」Tシャツは壁に留めてある。あたたかい時間、ありがたい空間に居合わせることができた。

みそラーメン。コクはあるが濃厚すぎず、疲れた体にやさしい味(これは来週また食べたい)。

あたみ屋(気仙沼横丁), 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

ラーメン。スープは少し甘みがあって、素朴だ。

あたみ屋(気仙沼横丁), 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

餃子も頼んだはずだけど、忘れられたらしい(笑)。満席でテンテコ舞いの様子だった。

食事を終え、楽しい余韻を味わいながらトイレに向かった。

気仙沼横丁, 南三陸町の廻館で瓦礫片付け Volunteer at Mawaridate, Minamisanriku, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Great East Japan Earthquake

横丁から漏れる光が、荒れた地表を数メートル先まで照らしていた。当たり前のことだが、明るいのはこの仮設店舗群の狭い一角だけで、外はまだ街灯すらない漆黒の闇。この落差にハッとして、少し心が冷えた。

震災の記憶は、東京や関東以南ではどんどん薄れつつある。
東北被災地を自分の目で見たことがない人がいたら、ぜひ気仙沼横丁に足を運んでみてほしい、観光気分でいいから辿り着くまでの景色に、「何も終わっていないんだ」と衝撃を受けるはずだまた、店内で気仙沼の人と話をすれば、復旧復興までの道のりはまだまだ長い、ということがわかるかもしれない

来週また、お手伝いに行きます!

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毎週お疲れ様です。
ボスの日記を読むたび、考えることがたくさんあります。

現地の状態を全国に発信してくださって、ありがとう。
きっとどこかで「行ってみようか」と思う人いるはずだから。
雪に閉ざされる前に、行ってみて、見てきて。同じ日本だよ。

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コメントありがとう。

ブログを毎週書き続ける目的は、最初は「東北被災地で自分が見て感じてきたものを伝え、1人でも多くの人に関心を持ち続けてもらうこと」です。そして最近は、「あの未曾有の災害のとき、こうやって動いた奴らがいた」を将来に伝えることも考えはじめてます。

ともあれ、現地現場を見れば絶対に忘れられない、何かお手伝いをしたくなる、という場所に1人でも多くの人を引っ張りこむため、がんばります。(^ ^)v

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寒くなって仕事しやすくなったでせうね.お体を大事に頑張って下さい.

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涼しさを通り越して、震えるほど寒い季節になってしまいました。(^-^;;
でも、ニーズがある限りは行こうと思ってます。

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