牡鹿半島の小渕浜で2回めのお手伝いをし、表浜名産のアナゴを沢山いただいた話

Posted on 2011年10月18日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , , |

2011年10月14日(金)、レーベン2号は2回めの牡鹿半島へ。東京は夕方から雨、現地の天気予報も明日は小雨と告げていたが、37人の申し込み者のうちドタキャンはゼロ。
今回の参加者の多くは被災地ボランティア経験者であり、「ボランティア不足」といわれる牡鹿半島の現状に関心を抱く人たちだった。お手伝い場所は前回に続いて小淵浜。個人宅の裏の斜面で草取りや瓦礫片付けを。
昼休みや作業後には、網元であるそのお宅が獲ったという穴子の炭焼きなどを沢山食べさせていただく。ギリギリ津波を逃れることができたそのお宅は、8月まで避難所になっていたことなど、貴重な話も伺うことができた。

小雨の日比谷に、沢山の参加者が集まってきた。女性の1人参加が目立つ。

日比谷, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

土曜は陸前高田も牡鹿半島も弱い雨の予報だったが、やや回復しそうな気配。
2号車には@uqaが買ってきた「幸せの黄色いてるぼう」がぶら下がっていた。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

朝。バスは石巻街道を行く。傾いた電柱、一階部分が被災し人の気配がない家々が連なっている。重い雲の下、憂鬱な眺めだ。

石巻, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

牡鹿半島。小雨とやや強い風だが、これくらいなら作業に支障はなさそうだ。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

石巻市牡鹿公民館に到着。この中に牡鹿ボランティアセンターが置かれている。
今回初めての参加者は、内部が暗く発電機による裸電球だけ、ガラスの代わりにベニヤなどで応急処理をしただけ、といった状態に驚いていた。

石巻市牡鹿公民館, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

受付後、このボランティアセンターの代表である遠藤さんと少しお話ができた。
彼は東京から来ていて、3月から宮城で支援活動をしている。このボランティアセンターは社会福祉協議会が管理をしているものではなく、有給の社協スタッフはゼロ、全員がボランティア。多くはこの公民館の2階に寝泊まりし、運営費の基本的に持ち出し。
ボランティアのマッチングのほか、支援物資の配分や炊き出しなどを、仮設住宅に住む人と自宅で困窮している人双方に公平になるようコーディネートすることもあるという。

台風15号直後の様子もちょっと伺った。
大雨で街の跡地に水が溢れ、公民館はたまたま“三角州”状態になり浸水しなかったが、すぐ横の道は膝上の深さまで水が溜まった。また、せっかく片付けた瓦礫が流れ出して用水路を塞いだり、山から車や、津波で上がった船(!)が流れてきた、という。

今日のお手伝い先は、前回に続いて小渕浜(こぶちはま)に決まった。先週お手伝いした五十鈴神社のすぐ傍だという。

牡鹿ボランティアセンター, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

バスで移動、歩いて浜沿いに入り、お手伝いスタート。
やや急峻なところもある斜面(帰りの感想タイムでは「崖」という指摘も…)で、草取りと瓦礫片付けにかかる。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

作業中、いい匂いがするなぁと思っていたら、ぼくらのためだった。依頼主の方が庭先で穴子を炭火で焼き、昼食休憩に合わせて振る舞ってくれた。

穴子の炭焼き, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami
コンビニ弁当と共にいただく。淡泊でほどよく脂が乗り、なにより焼きたてでとてもおいしい。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

昼食後、バーベキューグリルを囲みながら、少しお話を伺った。

やや高台にあるこのお宅、津波はぎりぎりまで来たがやられなかった。漁具も庭の奥に置いておいたので無事だった。
つい最近漁を再開し、穴子を獲りはじめた。(筒漁の仕掛けを見せていただいたが、長さ約1m、太さ約20cmのプラスチックの黒い筒で、多いときには中に10匹ぐらいかかるという。→ 牡鹿半島のマアナゴ漁の解説)
市場はもう再開されているんですか、と伺うと、築地から直接買い付けに来るという。たぶん高級な寿司ネタとして取引されているんだろう。

被災を免れたこのお宅は、8月まで避難所になっていたという。
集落内で何班かに分かれて避難所が作られ、こちらには最大で20人くらい寝泊まりした。

このお宅から漁港方面を改めて見渡す。津波は、すぐそこの坂まで来たという。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

猫たちがやってきた。先週神社や港で会った2匹だ。穴子をもらっていた。

猫たち, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

作業再開。
草刈りや目立つ瓦礫取りが一段落しつつあるタイミングで、斜面の一部から大量の屋根瓦が出てきた。6~7人がそこに集中し、掘り起こし、どんどん土のう袋に詰めていく。レインウェアを着ていると暑く、汗が流れてくる。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

瓦が詰まった土のう袋をリレーで下ろす。重いし足場は不安定だけど、女性陣もがんばっている。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

冷静に考えてみると、今かかっている大量の瓦は、津波や台風によるものではないだろう。元々ここに積まれていたもんだろうが、選ぶことなく片付けていかなければこの斜面をきれいにするという使命は終わらない。そんなことを考えながらがんばった。

15時、作業終了。大量の草の山。鉄や木材の山、そして瓦を詰めた土のう袋の山が築かれた。お役に立てたと思う。

作業が終わるのに合わせて「お土産に」と、また焼きたての穴子が配られた。さらに「サキイカの墨和え」や、この山で採れたという「ミョウガの甘酢漬け」などがどんどん出てくる。
牡鹿の人は、こういうのをつまみながら「お茶っこ(お茶を飲みながらの団らん)」をやるんだろうか。羨ましい。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

おいしい食べ物を囲み、すっかり馴染んだ女性ボラたちが、ご主人・奥さん・お母さんと一緒に記念撮影。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

(写っている人へ。この写真の大きなサイズはここからどうぞ。)

バスへ戻る頃には潮が満ち、地盤が下がったところへ元の境界線を越えて海水が深く入り込んできた。

牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

海沿いの道路も海面スレスレであり、公民館へ戻る海沿いの道でも大波がしぶきを上げている。

地盤沈下の影響, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

帰路、石巻を北上し、一関街道沿いの「道の駅 上品の郷(じょうぼんのさと)」に立ち寄る。

「ふたごの湯」という温泉、農産物直売所(19時閉店で今回は間に合わず)、レストラン、お土産充実のコンビニがあり、ボランティア帰りのニーズを一度に満たすことができる。
温泉は褐色でややぬるぬる、結構本格的で薬効がありそうな感じだ。

道の駅 上品の郷, 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

ふたごの湯の食事処で「かきそば」。牡蠣は、今年は宮城産が入手困難で広島産とのこと。おいしかった。

かきそば(道の駅 上品の郷), 牡鹿半島小渕浜でボランティア Japan Earthquake Recovery Volunteer at Kobuchihama, Oshika Peninsula, Miyagi pref. Deeply Affected Area by the Tsunami

陸前高田へ向かった一号車と菅生SAで合流、お互いの土産話を楽しんだ後、つくばをめざす。

東北沿岸の被災地は、どこもまだ復興のほんの初期段階だ。石巻にしろ気仙沼にしろ陸前高田にしろ、沢山の場所で復興の槌音が響き、グランドデザインが素人目にもおぼろげに見えてくるまでは、そこに住む人たちの不安は消ええないだろう。現時点で「○○は進んでいる」「××は遅れている」といった優劣をつけることにあまり意味はない。

それでも、牡鹿半島のような──大都市に対して周縁であり、報道も少なく、目を引く復興プロジェクトも聞こえず、ボランティアも数少ない──場所に足を運ぶと、「被災地間格差」は今後広がっていくだろうと感じる。

2回めのお手伝いを終え、何度も通った気仙沼や陸前高田に比べて、とりわけ牡鹿半島が好きだとはまだいえない。ただ、行くべきだと感じている。
今週も、またお手伝いに行きます。

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コメント / トラックバック4件 to “牡鹿半島の小渕浜で2回めのお手伝いをし、表浜名産のアナゴを沢山いただいた話”

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お早ようございます.いつもながらご苦勞樣でした.そしてブ口グ有難度うございます.あの黃色いテル坊可愛いい(テルテル坊主テル坊主アシ夕天氣にな一れ)と思わず子供時代を思い出し口ずさんでしまい.バスにあなたの氣にありがとうは淚ぐんでしまうほど心をうたれました.猫ちやんもなつかしくなります.ナ力ノ樣のブ口グをまとめて本にする事が有ったら私も一冊もとめたいと思います..

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いつも読んでいただきありがとうございます!

「あなたの勇気にありがとう」は、バスの車体でなく、壊れた公民館の壁をふさぐベニヤ板にかかれたものなんですよ。現地でボランティアセンターを運営する人たちは、そんな環境でがんばってます。
それを見ると、これからもお手伝いに行きたい!という気持ちがますます高まります。

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雨の中、御苦労様でした。
牡鹿1回目の時に建物の裏手でたくさん見つかった黒い筒は、あなご漁に使う物だったんですね。あの時は、うなぎ~?と、不思議に思ったんですが、納得です。牡鹿のあなご、知りませんでした。

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はい、「アナコ筒」だったようです。
今回の依頼主さんは、漁具を高台に置いていたため漁を再開できたとか。

実際に現地に行き、見たり話を聞いたりしてみると、毎回いろんな学びがありますね。たぶん牡鹿半島のアナゴは、今まで知らずに口にしていたものかもしれないし。

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