陸前高田市小友小学校前の田んぼで片付けをし、大船渡市末崎町のこじんまりしたお祭りを手伝ってきた話

Posted on 2011年9月30日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , , |

9月23日(金)、レーベン号18回め(ぼくは17回め)の陸前高田と大船渡でのお手伝いの記録。

今回は、レーベン隊初めての2日連続のお手伝い。1日めはいつも通り陸前高田でお手伝いし、バス2号はそのまま帰路へ。バス1号は住田町基地(ボランティアのための宿泊施設)に泊まり、翌日は大船渡市南端の末崎町(まっさきちょう)のお祭りのお手伝い、その日のうちにつくばへ戻る、という行程だ。

いつもの着替えや長靴の他に寝袋とスリーピングパッドを、さらに着替えも一日分多く詰め込み、パンパンのリュックで日比谷公園前に向かった。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

日中にいろいろバタバタしたため疲れ、金曜夜のぼくの快適な寝床である二号のシートで爆睡。途中立ち寄ったSAでも一度も降りず、起きたのは翌朝5時38分、もう夜はすっかり明けていた。

日が昇り、ほどなく濃霧が発生。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

お馴染みの陸前高田ボランティアセンター。
「なじょにがすっぺ」ステッカーなどの他に、一本松をモチーフにしたストラップなど、販売グッズが増えていた。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

2号車でオリエンテーション中の@HELPtakataさん。故郷である陸前高田の情報をアクティブに発信され、Twitterでも気さくに話しかけてくれるアツい人だ。
(この日の写真を元に、ブログでレーベン号のことをご紹介いただいた。「再生 陸前高田:弾丸ツァーレーベン号)

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

ボラセンを出発したバスは、先週側溝の泥上げをお手伝いした高田町、高田高校の横を通って広田半島の方へ向かう。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

広田半島に入って山間の道路を平地方向に下っていくと、目の前にはおびただしい広さの水溜まりと雑草の土地が広がる。
今日のお手伝い場所である小友町(おともちょう)だ。レーベン隊は以前も小友町でお手伝いしたことがある。今回は、小友中学校、小友小学校に近い先の字宮崎・字花崎の(元)田畑エリアが作業場所になる。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

バスを小友中学校に停め、作業場所まで歩いていく。小友小学校のプールは、先日の台風の影響もあるのかゴミだらけだった。

小友小学校, 陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

田畑だったところはこんな有り様だ。すでに雑草が刈り取られたところもあり、道端には瓦礫の山もある。継続的にボランティアが入っているらしい。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

翌朝、住田町基地で見た写真集に小友小・小友中の震災前の空撮写真が載っていた。こんなに端正な田畑が広がっていたんだ…。

住田町基地, 陸前高田・大船渡でボランティア Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

今日のレーベン隊は63人(この日の作業後、陸前高田組と大船渡組にバスを分乗することが決まっていたので、満席までの募集はせず)。伊東さんの指示の下、早速作業にかかる。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

作業を始めてほどなく気づかされたのが、半年という時間経過の重みだ。
3月11日の津波と共に田んぼに入ったはずの大きな岩やアスファルトのタイル状の砕片などが土中に深く食い込んでいることはもちろん、そこに雑草の根が強固に絡み付いている。もう何十年もここはこのような場所なのだ、と主張しているようだった。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

この日の陸前高田は、天気予報では最高気温22度。作業の手を休めると、ひんやりした風がすーっと体を冷やしてくれる。気持ちいい。

青い空とウロコ状の高い雲の鮮烈なコントラスト、遠景の山の麓までくっきり見えるほど澄んできた空気。初秋だ。数週間前、熱中症を恐れながら作業をしていた同じ場所とはちょっと信じられない。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

側溝を見つけたら放っておけない何人かがチームを組んで、つぶれた軽トラックの下を“開通”させようとガツガツと掘り進んでいた。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

昼の弁当は、田んぼに乗り上げたままの漁船の縁に座って食べた。ボラ中は、下部分がなくなった屋根の上だとか、大きな木材の上だとか、非日常的な場所で食べたり休んだりすることが多い。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

この日も、土の中から多くの生活の名残りが出てきた。ひん曲がったサッシ、木材、ねじれたトタン、ミッキーマウスの人形、ペン…。メンバーの1人は、ちゃんと名前が判別できる卒業証書を見つけた。震災と津波から半年以上たっているが、まだこういうことがある。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

雑草の山と共に瓦礫の山もどんどんできていく。とはいえ、これは雑草を取るために、せいぜい地表から10~30cmぐらい掘り起こした結果なのだ。もっともっと埋まっているのだろう。
先日この地区で作業をした人が、側溝を掘り起こすために1m以上掘らなければならなかった…とブログに書いていたし。

この日、17回めのお手伝いにして、安全長靴の二代目が壊れた(たしか一代目は気仙沼でタールが付いてしまって取れず、廃棄となった)。Twitterでパンク修理キットを使うアイディアをもらったので、修理してみようと思っている。こいつにはちょっと愛着がある。

陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

陸前高田でのお手伝いを終え、気仙沼へ(この日、採れたてランド高田松原は閉店時間が早まっていたので寄ることができず)。

気仙沼プラザホテルでお風呂に入り、お魚いちばでお土産を買った後、つくばへ戻る組は二号車へ、大船渡へ行く組みは一号車へ、と乗り換え。 もう薄暗くなった気仙沼港の前で二号を見送る。ぼくは最近初めての人の感想に学ぶこと、思いを新たにすることが多かったから、帰りの感想タイムにいることができないのはすごく残念だった…。

気仙沼, 陸前高田市小友町で震災ボランティア(レーベン隊) Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

お魚いちばのレストランで夕食後、バスで1時間ほどの住田町基地( 住田町災害ボランティアセンター「住田町基地」 )へ。陸前高田や大船渡などの沿岸部で活動するボランティアの後方支援として、無料の宿泊施設として提供されている。

住田町基地, 陸前高田・大船渡でボランティア Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

元小学校の教室で、19人(男性11人、女性8人)が寝る。清潔で、広さ的にも十分、山小屋などと比べればとても快適だ。

住田町基地, 陸前高田・大船渡でボランティア Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

朝、5時半ごろ起き出し、少し散歩してみた。朝靄がかかった山、気仙側の清流などが印象に残った。

住田町基地, 陸前高田・大船渡でボランティア Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

元小学校だっただけあり、教室には教材や児童書が沢山あった。何冊か手に取ってみて、「山が泣いてる」(解説:一九五九年の「成長物語」-個と共同性のはざまで-(3))という本に引き寄せられた。1950年代、米軍基地が沖縄以外にも国内に沢山あった頃の話だ。今の日本は、基地問題を特定の県に押しつけて見ないふりをしている。3.11震災で顕在化した岩手・宮城・福島の問題についても、誰かが警鐘を鳴らし続けなければきっとそうなる…などと考えた。

「山が泣いてる」, 住田町基地, 陸前高田・大船渡でボランティア Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

住田町基地を出発、見慣れた陸前高田を通って大船渡に向かう。

もう何度も目にした陸前高田の中心部だが、いつもは、朝は使命感やはやる気持ちを、作業後にはそれなりの満足感を抱きながら見ている。そういうフィルターを弱めて見る景色は、いつもと少し違って見えた。

陸前高田, 大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

末崎町に向かうバスの前に、美しいリアス海岸が現われる。この辺が碁石海岸だろうか?

大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

末崎町に到着。
小さな町の高台にある末崎中学校に「末崎町復興祭」という看板が出ており、その前で名産の末崎ワカメの即売なども行われていた。

末崎町復興祭, 大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

室内では、小学生、幼稚園児、老人クラブの方々の踊りなどの演し物が行われていたらしい。
外ではカラオケ大会などがのどかに開かれていた。

レーベン号は「バスにメッセージを書いちゃおう」企画で参加。メッセージを書いてくれた人には、花の苗(リーダー伊東さんが手配)やカレンダー(メンバーのJiroさんが手配した「オハヨーカレンダー」)をプレゼントした。

「バスにメッセージを書いちゃおう」, 大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

看板のデコレーションを末崎の子どもたちを巻き込んでやっている様子。子どもは“塗り絵”に真剣に取り組んでいた。なるほど、こういうのがウケるんだな、と感心する。

大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

高台をやや下ったところにあるグラウンド二面には、仮設住宅の棟がぎっしりと並んでいた。

平林応急仮設住宅, 大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

「復興支援車 ルノーカングー」と書かれた、メッセージだらけの車もやってきた。
ルノーは、被災地ボランティアに取り組んだり、被災地支援団体にこのカングーを寄贈したりしているらしい(参考:東日本大震災復興支援ボランティアプロジェクトに参加してきました! | ルノー・ジャポン公式ブログ)。こういうメーカーって、きっと人の心に残るだろうな…と感じた。

大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

レーベン号には子どもからお婆ちゃんまで沢山の人がメッセージを書いてくれたけど、変わり種はこんな人。千葉県警のお巡りさん。

大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

「大船渡は元気になってきていますよ(ハート)」というメッセージ。こういうのを見ると、ちょっとうれしい。

大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

他にも、漁船の大漁祈願をする若いお父さん (聞いてみると、津波を免れた親戚の船だという)、摩訶不思議な記号を描く子、個性的なイラスト混じりのメッセージを書く中学生たちなど、終始バスを囲む人は絶えない。

この日も、やや真剣な表情をして、メッセージを丹念に眺めている若い女性がいた。iPhoneで何かメモってもいるようだった(それとも、Tweetでもしていたのか)。話しかけようかな、と思ったがやめておいた。

ひときわ賑やかな中学生ぐらいの女の子グループがメッセージを書き終わった後で、リーダー格の子に「花の苗をどうぞ」と話しかけると、ふっと笑顔が消えて「うち仮設だから」と言う。
その後少し言葉を交わしたが、置くスペースがない、と。岩手県の仮設住宅の間取りは世帯人数によって変わるというが、一番典型的なもので洋4.5畳、和4.5畳だと聞いたことがある。庭と呼べるようなものもない。どうしても必要なもの以外は置けない、と考えるのは当然かもしれない。それが心を和ませてくれる花であっても。

TTV(チーム炊きボラ、つい最近「東日本支援ネットワークはぐみ」に改称)による炊き出しにもずっと長い列ができていた。ぼくらもいただいたけど、お弁当、おいしかったです!

大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

お祭りが終わり、帰路へ。

美しい海と山だが、海岸線に沿って立ち並ぶ漁業関係の建物などは下半分が鉄骨だけになっていたり、道を越えた斜面が削り取られた跡があったりと、津波の爪跡は今もはっきりと残っている。

地区別の被害状況について 岩手県 大船渡市 (※PDF)」という資料によると、末崎町の死者・行方不明者数は61人、被災家屋は757、うち8割にあたる606家屋が全壊だったという。

大船渡市末崎町でボランティア Volunteer at Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

気仙沼に立ち寄って少し休憩した後、バスはつくばをめざす。

気仙沼, 陸前高田・大船渡でボランティア Volunteer at Rikuzentakata and Ofunato, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

青空が常に応援してくれる中、1日めは田んぼで汗を流し、2日めはお祭りを楽しむ穏やかな笑顔に接することができ、充実した週末だった。

またお手伝いに行きます。

コメント / トラックバック4件 to “陸前高田市小友小学校前の田んぼで片付けをし、大船渡市末崎町のこじんまりしたお祭りを手伝ってきた話”

RSS Feed for du pope : NAKANO Hajime's Blog Comments RSS Feed

こんにちは.又御苦勞樣でした.ナ力ノ樣まだ若いから.こうして体力が讀けられるのね.貴方のブ口グが大好きだから一っきに讀んで自分も被炎地へ行ってる見たいで.ちよっと疲れを覺えます.又又國の為に頑張って下さい..

おつかれさまです。三重県伊勢市に住むものですが、8月の終わりに陸高ボランティアに参加をしました。まだまだボランティアのニーズがある状況は続きそうですね。なかなか次に行く目途は立ちませんが東北を応援しています。わたしたちのチームも陸高のボラセンでそちらのバスにメッセージを書かせてもらいました!これからもがんばってください!

akitsaiさん、いつも読んでいただきありがとうございます。
毎週東北へ行き続け、もう習慣になってしまいました。体のキツさを感じることはあまりなく、むしろ行くことでパワーが湧いてくるという自覚があります。(^ ^)

はじめまして。三重県からわざわざ陸前高田まで行かれたとのこと、敬服します。
被災地でお手伝いし、その様子をこうしてブログに書くことがより多くの人の関心を高めることにつながるだろうと思っています。今後もできる限り続けます。


コメントは受け付けていません。

Liked it here?
Why not try sites on the blogroll...

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。