陸前高田市高田町、側溝から半年前の生活の遺物をかき出し、被災地でのお手伝いについて自分を戒めた話

Posted on 2011年9月20日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , |

2011年9月16日(金)、ボランティアバスレーベン号の東北でのお手伝い17回めの記録(ぼくは16回め)。

23時前、東京の集合場所である日比谷公園前に着くと、公園からは沢山の陽気な人たちが吐き出されているところだった。園内で行われていた「オクトーバーフェスト」が終わったのだ。
東北へのバスに乗るぼくも、彼らと違う意味で高揚した気分でここに来た。

つくばからの参加者を乗せた一号が、珍しく先に日比谷に到着。後で社長に伺うと、二号は直前までサスペンションを修理中だったため遅れたという。毎週一号・二号は、震災で未修復の悪路を含めて約1000kmもの道のりを踏破している。部品の修理・交換がちょくちょく必要なほど、バスは傷んでいるのだ。

雨が降り始めた日比谷公園、レーベン1号だけ着いてます。

二号を待つ間に局地的な大雨に見舞われる。なかなか野趣に富んだ回だ。早速参加者の間に、自分は雨女だ晴れ男だという会話が起こっていた。

深夜、東北へ向けて進む二号の中で、ぼくはしばらくFacebookのレーベン号グループの会話を読んでいた。この夜熱かったトピックは、今週福島市社会福祉協議会が告知した「除染ボランティア募集」について。

ぼくは以前、友人の実家がある相馬市を訪れたことがある。
レーベン号に乗り始めてから、福島を通過し岩手や宮城にばかり向かうことに、正直いえば後ろめたい思いを感じている。福島のボランティア受け入れ状況などは何度か調べた。が、レーベン号にコミットしてからは機会を逸してきた。

同じ震災被災地でも、岩手・宮城と違って福島の問題ははるかに複雑だ。
「原発災害をどう捉えるか」「そこで生きる人たちをどうサポートするのか」「行くことのリスクは」など論点がありすぎて、大抵の人は臆し、どこかで見聞きした一般論のコピーを語る。被災地に強く関心を持つ人でさえ、他人の「蛮勇」や「臆病」の批判となることを恐れて、無用に玉虫色の表現になったりする。

ともかくこの夜、「自分は福島とどう関わるべきか」という何度めかの逡巡をしていた。

朝。参加者の多くは、まだスヤスヤ。ぼくはこの時間、もうアドレナリンが溢れている(笑)。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

真っ赤な朝焼けが見えたかと思うと霧に突入したり、この日の天気は朝から不安定だった。
唐桑半島、薄曇り。陸前高田は15時ぐらいから弱い雨、と天気予報。もってくれるだろうか。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

今回、二号車には「被災地に行くこと自体初めて」という人が15人ぐらい乗っていた。そこで、気仙沼の鹿折(ししおり)地区に入るあたりで、そろそろ(被災の跡が)見えますよ、などの説明をした。

バスは唐桑半島を越え、陸前高田市へ入っていく。
すると、それまでも比較的静かだったバス内の“沈黙の質”が変わったことが、後ろを振り返らなくてもわかった。目の前いっぱいに広がる荒漠とした光景に、皆息を呑んでいたのだろう。

一本松, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

8時半ごろ陸前高田ボランティアセンターに到着。待機場所である川の駅と連携しながら、すでに沢山のボランティア団体を捌いていた。今日も1,000人ものボランティアが活動予定だという。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

マッチング終了、今日のお手伝い場所は高田町寒風。レーベン隊にとっては久々の側溝の泥上げだ。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

出発前のオリエンテーション。
怪我の注意のほか、ここ数回必ず「遺骨が出た場合の扱い」についての注意がある。「陸前高田では、まだ150人が行方不明のまま」という説明もあった(先週末の河北新報では、陸前高田の行方不明者数は「399人」)。

お手伝い先へ向かう途中、マイヤの仮設店舗(滝の里店)近くに仮設の長屋風“商店街”や、仮設美容室もはじまっているのを見かけた。

バスは、陸線高田市中心部のやや東に向かう。津波で内部の多くが空洞化したマイヤの店舗(高田店)などがまだそのまま残っていた。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

伊東さんの指示の下、作業をスタート。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

「面」を対象とする瓦礫片付けなどと違って「線」の側溝泥上げは成果がわかりやすく励みになる。そのせいもあり、作業のピッチはどんどん上がっていった。女性陣もがんばっている。

側溝の泥上げ, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

きれいになっていく側溝。
ニーズ票には「大事な生活道路だが雨が降ると冠水する」とあったが、この区間だけは(しばらくは)大丈夫のはずだ。

側溝の泥上げ, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

お昼休憩。温かくボリュームたっぷりの弁当が届く(二号車の感想タイムで、「お弁当がおいしかった」と2人が感想を言うほどの中身)。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

昼食後、伊東さんほか何人のリピーターと連れ立ち、坂を登って10分ほどの長砂仮設団地(高田高校第二グラウンド)へ行ってみる。ここは以前、レーベン隊の“別働隊”が「花プロジェクト」で花の苗とプランターなどをお届けし、仮設に住む人たちと一緒に植え込みをやったところなのだ(ぼくはそのとき瓦礫撤去隊だったので、今回が初訪問)。

長砂仮設団地(高田高校第二グラウンド), 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

花プロジェクトの後電話でお礼をいただいたお宅を訪問、仮設暮らしの様子などを少し伺った。

陸長砂仮設団地(高田高校第二グラウンド), 前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

高台にあるこの団地からは、荒れ地となった市街と海を見渡すことができる。
住む方々にとっては、見ることがつらい景色だろう。

長砂仮設団地(高田高校第二グラウンド), 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

午後、作業再開。

レーベン隊は以前気仙沼でも側溝の泥上げを経験したが、今回はそのとき以上に、泥と共に「生活の名残り」が数多く出てきた。
沢山の瓦茶碗お皿衣類CDビデオテープ。文字が薄れた紙の束
そして免許証学生証診察券など、元の持ち主がわかるもの。

バチツルやスコップを振るいながら、そして参加者から持ち主がわかる拾得物が届けられるたび、「まだこんなものが出るのか」と驚いた。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

ここは3月11日の大津波の後で人の手が入ったことがなく、つまりこれらは半年もたって初めて日の目を見たのだろう。陸前高田に暮らす人が生活で使ってたもの人との関わりが強いものを拾い上げることができたことで、この作業はハードなだけでなく、何がしかの意味がある作業なのだという思いを強くした。

14時30分前にはフタ閉めをはじめる。津波でいくつも流されてしまい、フタが覆うのは側溝全体の7割ほどだが。
400~500mに渡る側溝の泥上げは作業終了時刻の15時までにきれいに終わった。いつもの作業では、タイムアップで“やり残し感”を味わうことも多いが、今回はこの点でも皆の達成感は大きかった。

陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

今回のお手伝いを振り返り、サブリーダーとして反省がある。

側溝の泥上げは、瓦礫片付けのように緩急があまりなく、作業ペースを上げるともろに負荷が上がる。後半、特に女性などはかなり疲労している様子だった。この日は曇りで涼しかったが、ぼく自身も相当汗をかいた。明らかにオーバーペースだったと思う。この強度だと、道具の扱いや身のこなしも雑になり、怪我を起こしかねない。

レーベン号は、行き帰りの居心地のよさも含めて「初心者でもできるお手伝い」をめざしてきた。ぼくもそこに共鳴し、被災地を見てお手伝い体験をしてみようという人──そして、その後も関心を持ち支援を続ける人──を増やすことを目標に、バス運営をサポートしている。

力仕事の経験を重ねることで自信を持ち、マチズモに走るのは簡単なことだ。が、それでは初心者の敷居は高くなるし、支援者の輪は広がっていかない。
復旧・復興がはじまったばかりの岩手・宮城・福島に必要なことはなにか。「何かしてあげたいし、私にもできる」と思う人を少しでも多く増やすことだ。ならば弊害の多い“慣れ”や、無駄なプライドや、閉鎖的な仲間意識などは警戒しなければ。思いを共にする人たちと歩調を合わせることこそ、大切だ。

作業終了を待っていたかのように、雨がポツポツと降ってきた。

作業終了後に戻ったボラセンで、「米崎りんご」(陸前高田市米崎町の名産)が配られていたのでいただく。
ひとかじりしたときの甘さが、格別。

ボラセンで米崎リンゴ, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

帰路、採れたてランド高田松原にいつもの立ち寄り。

採れたてランド高田松原, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

ぼくはいち早く買い込んだ後、隣のファミリーマートで買ったアイス最中をかじり、バスに戻ってくる皆のニコニコした顔を眺めて楽しい気分に浸っていた。
ぼく自身の今日の戦利品は、洋梨(4個で300円)、なす(沢山入って100円)、ゴーヤー(やや小ぶりだが2本で100円)

曇り空の中、バスは気仙沼へ。潮が満ちる時間なのか、港の近くは大きく冠水していた。

気仙沼, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

温泉の後、お魚いちばで「特々大さんま」4尾を買う(翌日目黒のさんま祭に行く予定もあったけど、うまそうだったので…)。

お魚いちば, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

18時過ぎ、バスは気仙沼を出発。

一階部分が壊れたままの商店や、土台だけになった建物が並ぶ商店街をバスは行く。街灯もない真っ暗な道を、年老いた女性がおぼつかない足取りで歩いていた。ここも、まだまだだ。

帰路、参加者の感想タイム。
「ボランティアって、もっと大変なことだと思ってました」という人が複数。そういう人のファーストステップにレーベン号がなったことは、とてもうれしい。

長者原SA。食事に向かう途中に見かけたシロトラ君は女の子に腹を見せて寝転がっていた。帰ってくると、パンを食べるカップルにすり寄っていた。ぼくがやったカリカリを一応は食べたが、あまりうれしくもない様子だった。

長者原SAの猫, 陸前高田市高田町でボランティア, 「手を貸すぜ 東北」レーベン号 Volunteer at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

これからもお手伝いに行きます。
一層気を引き締めて。

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コメント / トラックバック4件 to “陸前高田市高田町、側溝から半年前の生活の遺物をかき出し、被災地でのお手伝いについて自分を戒めた話”

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お疲れ様でした!!
陸前高田市高田町寒風は私の実家のあった場所です。
写真のどこを見ても、ピンときました。
おなじく寒風に家があった叔母は、地震の日、みなさんが側溝のお掃除を
してくださった山の下の道を通って逃げました。
今は長砂の仮設にいますから、みなさんとすれ違ったり
お話ししたりしたかもしれませんね。
プランターのお花もありがとうございます。

こうして一つ一つ手伝ってくださる方々がいて、
今の高田があるのだと改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

米崎の林檎は名産品です。
私も大好きです。
リンゴジュースもおいしいですよ。
しかも安い。

レーベン号の「手を貸すぜ東北」というコピーが
かっこよくて好きです。

本当にありがとうございます。

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お早ようございます.いつもなが良いプ口グを讀ませて頂きありがとうございました…

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長谷川さん、コメントありがとうございます。
実際にお手伝いした場所に関わりを持つ方から言葉をいただけるのは、予想外の喜びです。
また米崎リンゴ、素朴な甘さのファンになりました。
これからもお手伝いを続けたいと思います。

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こちらこそ、いつも読んでもらってありがとうございます。

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