陸前高田市広田町で再びお手伝いし、震災半年後の被災者アンケートに大きな無情・無策を感じた話

Posted on 2011年9月15日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , |

2011年9月10日(土)、「東日本大震災から半年」の前日、レーベン号に乗って岩手県陸前高田市でお手伝いをしてきた。レーベン号の被災地行きは今回で15回め、ぼくは14回めになった。

リピーターの多いレーベン号は、つくばにも東京にもほぼ毎回数人の“お見送り隊”がいる。文字通りの見送り、支援物資の持参、進行中の企画のちょっとした打ち合わせなどのためだ。

今回も出発前、参加経験者の方が支援物資を車に満載で届けに来てくれ、お子さんと共にレーベン号に書かれたメッセージを眺めていた。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

バスが出ると、消灯までの短い時間で「ご参加ガイド」を配りスケジュールや注意事項を説明する。
その際に挙手してもらうのだが、今回も「被災地へはまったく初めて」の人が数人。最近増えたのは「レーベン号以外で何度か被災地入りした経験あり」という人の参加だ。自治体やNPOなどのボラバスが終息しつつあるのも、理由のひとつだろう。

深夜、事故渋滞に巻き込まれたようだ。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

ぼくはこの2日前に富士山に登ってきたので( 吉田口登山道を麓から歩いて富士山に登る )、ともかく寝て回復することに専念。週末の“家”レーベン2号は本当に落ち着く…。

いつもより手前、安達太良サービスエリアで迎える夜明け。
秋を感じさせる高い雲が広がる。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

一関ICを降りたあたりで、車内での自己紹介タイム。

レーベン号は関東圏の参加者がもちろん圧倒的だが、大阪からリピート参加しているSさんなど、それ以外の人も少なくない。
今回印象的だったのは、兵庫県神戸市からの女性西宮市からの男性二人は阪神淡路大震災の記憶と共に「被災地に行きたかった」と話した。これまでボラセンでも兵庫発のバスを何度か見たことがある。あの震災を生き延びた人には、他人事と思えない面が強いのだろう。
また、福島県郡山市からの若者もいた。彼が陸前高田へ行く訳をぼくは想像できなかったが…人が見つける理由はさまざまだ。

陸前高田の市街地跡を過ぎ、内陸のボランティアセンターへ向かう途中、田んぼの稲穂が黄金色に変わっていた。すでに一部刈り取りを始めている姿も見えた。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

ボラセンに到着。品切れの連絡をもらった「手を貸すぜ 東北」缶バッジを、今回は150個“納品”する。

ボランティアセンター, 陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

今日のお手伝い場所は、8月6日にも一度行った広田町字羽根穴だ( 陸前高田、瓦礫一面の広田半島に驚き、炎暑の広田町で生活のかけらを片付けた話 )。

ボランティアセンター, 陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

あれからも沢山のボランティアたちが活動を続けたのだろう。レーベン隊が以前入ったエリアの大きな瓦礫はほとんどなくなっていた。そこで、さらに奥の地区での草刈りと細かい瓦礫集めにかかる。ぼくは前回同様、バチツルで手強い草の根と戦いはじめた。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

昼食休憩のとき、カメラマンの平間喬さんによる記念撮影。平間さんは東松島元気フェスタにも参加、通常ボランティアにも複数回参加している。この写真は、東松島フェスタの報告ページの追加素材になるものだ。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

リーダー伊東さんの指示で、途中から高さ2m以上のカヤの密集地帯に取りかかる。
ぼくも道具を草刈り鎌に持ち替えた(本来右手で使うものだと思うが、元左利きなので左の方が速かった)。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

ボラバス2台分70人のパワーはすごい。刈る人と山を作る人の協働でどんどん進んでいく。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

カヤ越しに田んぼと接する農道が見え、あと少し…というところでタイムアップ。次のボランティア隊へのバトン渡しとなった。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

雲も多く風も涼しい日だったが、それだけに体がよく動いたためか、作業が終わってみると汗まみれになっていた。
達成感を味わいながら、ボラセンへの荒涼とした景色を眺める。

陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

帰路、採れたてランド高田松原に隣り合うファミリーマートで、地元紙の中から河北新報を買ってみた。

河北新報, 陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

一面に「震災あす半年 被災者アンケート 「無収入・減収」6割超す 自宅再建7割「見通せぬ」」という記事。他にも、南三陸町の防災庁舎で死亡・行方不明となった33人ほとんどのプロフィールを紹介した記事などもあった。

このアンケート結果は、被災者の今を理解するのに役立つと思うので、少し詳しく紹介する。
8月下旬~9月上旬、気仙沼、石巻、東松島、仙台、名取、岩沼の6市、南三陸、女川、亘理、山元の4町の沿岸部の被災者300人を対象に実施されたものだ。

  • 世帯収入が「無くなった」14.1%、「減った」48.4%と、家計悪化は全体の6割以上
  • 月収の減少額は「10万~15万」が29.8%、「5万~10万」が29.0%、「20万円以上」が23.4%
  • 対象者の家屋被災は全壊が90.6%。自宅再建・回収見通しが「ついていない」は63.3%
  • 震災後に預貯金が「無くなった」「減った」を合わせると6割超え
  • 仕事の変化は「変わらず続いている」が34.4%、「失業・廃業」が16.0%、「休業・休職」が7.4%。「失業・廃業」は、漁業が盛んな石巻・気仙沼が半分を占めた
  • 将来の不安、「自宅再建費用の調達」176人、「健康・病気」145人、「就職や仕事の継続」99人、「生活費・生活物資の確保」83人、「ローン・税金の支払い」79人、「地域の離散」78人
  • 仮設住宅の不満、「暑い」137人、「狭い」136人、「住める期間が2年では短い」122人、「近所の目や物音が気になる」68人、「商店街や病院が遠い」53人、「交通の便が悪い」51人、「近所に頼れる人がいない」26人
  • いわゆる「二重ローン問題」。震災発生時ローンが残っていた世帯は28.1%、うち20~50代では38.3%。ローン残高は「2000万円以上」が20.8%で最多

衣食住を高い水準で享受できている日本だが、もし不意の天災に襲われることがあれば、半年が過ぎてもこのように低い生活水準で、さまざまな不便や将来の不安を抱えたままだとアンケート結果は語っている。

これは正しくない状態だと思う。大きな不作為ではないのか。

「これから先も忘れてはいけない」という思いが湧いてくる。状況の大きな構図を頭に入れた上で、自分ができる小さな行動をしよう

被災地に行き、体や頭で貢献する。また自らの存在をもって「忘れていないよ」と示す。支援の精度を上げるため、現地の人とつながり一次情報を得る。何がいつ、どれだけの期間必要なのか考えながら、粘り強く後方支援をする。政府や自治体の動きを注視し、必要なら声を挙げる。
どれも大切なことだ。そして「被災地へ行くこと」は、行動を継続することを強く励ます

気仙沼プラザホテルから眺めた気仙沼港。
リピーターの何人かと「すっかり綺麗になったね」と話し合った(港の周りはまだまだなんだけど)。

気仙沼港, 陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake

長者原SA、着いた時間が遅かったせいか、今回猫のシロトラ君には会えず。もう就寝タイムだったかな。

また来週もお手伝いに行こうと思う。
そして行く以外にどんな支援ができるのかも、もっと考えたい。

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