陸前高田市米崎町、「まだ全然終わってない」港でお手伝いの後、新鮮野菜や魚を買う“ミニ復興お買い物ツアー”をしてきた話

Posted on 2011年8月1日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , , , |

(「被災地ボランティア10回」の目標は前回達成。ので、タイトルにわざわざ「震災ボランティアXX回め」とか書かないことにしよう。でも本文中に刻もう。今回は11回め。)

金曜日、新潟と福島で記録的な豪雨が降り、宮城や岩手南部も天気が危なそうな気配だった。
なので、以前のボラバス参加の際、福島のSAで買ったてるてる坊主「てるぼう」をザックに付けて、せめて作業が中止にならない程度に天気がもつよう祈る。

てるてる坊主, 陸前高田へのボランティアバス Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

今回のボラバス乗車メンバーは、63人(申し込みは65人)と過去最高。
1号車は、つくばからの乗客をほぼ満載で東京駅八重洲口に到着。東京駅組は主に2号車に乗り込んだ。
(翌日朝の自己紹介タイムでわかったが、2号車には、レーベン号は初めてだが被災地ボラは3回、5回、といった猛者が多かった。)

「手を貸すぜ 東北」号, 陸前高田へのボランティアバス Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

早朝に立ち寄った長者原SA(下り)で買ったコーヒーのカップに、「たとえ遠く長い道のりでも、必ず乗り越えられる。日本の力を信じよう」というメッセージが。これ、先週まではなかったものだ。
岩手・宮城・福島では当然重く響くだろう。そして、被災地以外でもこういう言葉の背景や物語はもっと共有されるべきだろう、と思う。

陸前高田へのボランティアバス Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

一関インターを下りる。依然空は曇りだけど、ときどき青い空が覗く。晴れの方に向かって走っている気がする。

一関のセブンイレブンで買った岩手日報に「93歳漁師 再出発の船 寄贈受け、お礼誓う」という記事。三重県の漁協・水産団体が漁船をプレゼントしたとのこと。この後、陸前高田のお手伝い場所で実際に広島県福山市から寄贈された船を見た。

岩手日報, 陸前高田へのボランティアバス Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

陸前高田。
中心部は、平たくなった広大な地域に、いくつか残された3~5階建てビルと、それに迫る高さがありそうな瓦礫・土塊の山と、整列した壊れた自動車たち。単調で荒涼とした光景が広がる。さらに、地盤沈下のせいで浸水したまま水が抜けていない場所が多数ある。

陸前高田へのボランティアバス Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

ここ数回、陸前高田VCに伺うたびでき上がっていく様子を眺めたスーパーマーケット「マイヤ滝の里店」、8月4日にオープンという看板があった(前にはローソンがあり、こちらは8月2日オープン)。来週来るときには開店していることになる。ここはマイヤの「復興第一号店」にあたるそうだ。

マイヤ滝の里店, 被災地ボランティア Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

バスや人で一杯のボランティアセンターを経て、今日の作業場所へ向かう。
今日のお手伝い場所は「米崎町道の上77」。陸前高田の中心から東へ進み広田半島に至る途中、「米が崎」という岬が突き出しているあたりだ。先週お手伝いした小友町の西側にあたる。

現場付近に着き、社長とバスを降りた。ボラセンでいただいた地図を見ながら場所を特定しようとするが、聞いていた「駅」「郵便局」などの目印はない
曲がったり傾いたりとガタガタだが、線路が残っていた。プラットフォームの痕跡があり、付近で土木作業をしていた人たちに聞いてみると、そこが大船渡線の「脇ノ沢」駅( 脇ノ沢駅 – Wikipedia )だとわかった。

一帯は、奥の方に見える高台以外、海から1~2kmほどの範囲に建造物がほぼない。すべて津波で壊滅したのか、半壊状態の建物もすでに取り壊されたのか。ともかく建物の土台と瓦礫の山だけだ。

被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

今日の作業は、堤防や入江からなる港一体に散らばった瓦礫の片付け。レーベン隊のこれまでのお手伝い履歴の中で、たぶん最も大きな担当範囲に入る(気仙沼の波路上でのEM剤撒きも広い田んぼだったが、今回はそれに加えて力仕事!)。

初めて瓦礫撤去ボランティアに来た人の多くが抱くであろう感想、「まだ全然終わってない」。先週の小友町といいこの米崎町といい、陸前高田市の東部は特に「終わってない」地域かもしれない

被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

ぼくら以外にも、すでに作業をはじめていた少人数だが作業し慣れた団体、近畿日本ツーリストのツアー、企業ボランティアなど複数のグループが協働することになった。斜面登りを伴う瓦礫取り、土掘り、海岸の漂着・埋没ゴミの引き揚げ、ドブ掃除とやることは多岐に渡る(そして、しばらく日の目を見なかった新型土のうプランターもついに活躍の場を得た)。

ぼくは男性中心のチームで、突端の山エリアへ行き、津波で押し上げられ斜面にへばりついた大量のゴミ収集にかかった。

被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

4~5mを超える高さの山肌や樹木に、大きなブイやドラム缶、木材、コンテナなどが引っかかっている。

被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

泥の中にも色んなものが埋もれていたが、すごい大物も出てきた。自動販売機のフロント部分。
(ぼくは大物主義じゃないんだけど、一応報告。)

被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

昼。瓦礫だらけの港を眺めながら仕出し弁当をいただく。
作業中はほぼ夢中だが、ふっと緊張が抜け、荒廃した眺めが心に浸みこむときだ。

堤防で弁当, 被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

午後、作業は「14時まで」と釘を刺されたのでピッチを上げる。
途中、竹材(生簀の材料?)に絡まったロープに四苦八苦していると、付近を回っていた警視庁の人がナイフで手伝ってくれる場面もあった。感謝です。

警視庁の人たち, 被災地ボランティア(陸前高田市米崎町) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

作業が終わり、集合。海岸はすっかりきれいになり、溝の周りにはどす黒いゴミの山ができ、水が通っていた。

陸前高田のボランティアセンターで、最近売られはじめた「Re-kuzentakata」Tシャツを@uqaが購入。(他にも数人が買っていて、記念撮影のときRe-kuzentakataガールズ(笑)が結成されていた。)

Re-kuzentakata Tシャツ, 災害ボランティアセンター, 陸前高田市 Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

陸前高田を去る前、先週立ち寄って新鮮野菜の安さとおいしさに驚いた「採れたてランド高田松原」でお買い物(ナスやトマトが山ほどで100円~150円とか、ズッキーニが80円とか)。

採れたてランド高田松原, 陸前高田でボランティア Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

調べてみてわかったが、震災前、この店はその名の通り「高田松原」の傍にあったのだ。そして元あった場所は、Googleマップで見ると今は何もない…岩手県陸前高田市気仙町字中堰297-2 – Google マップ )。東海新報という新聞のサイトに「採れたてランド再開 組合員88人が総力挙げて」という記事があり、移転・再開までの経緯がわかった。

気仙沼へ。
地震の地盤沈下のせいで、潮が満ちる時間には陸が大きく冠水している。水はまだら状に侵入して一部は潮が退いても抜けないため、大きな水たまりがある。

気仙沼の冠水, 陸前高田でボランティア(帰路) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

気仙沼プラザホテルから望む気仙沼港。ここに来ると見えていた黒焦げの船はついに一隻もなくなっていた

気仙沼プラザホテル, 陸前高田でボランティア(帰路) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

お風呂を1、2を争う勢いで出て、7月24日に再オープンしたばかりの「お魚いちば」へ向かった。大漁旗がはためていて、中には東京築地の卸「大都魚類」の印のものも。

気仙沼お魚いちば, 陸前高田でボランティア(帰路) Japan Quake Volunteer Bus to Tohoku (northeastern) region

楽しみだった品揃えは──きっと震災前に比べれば──まだやや寂しい感じなんだろうが、「気仙沼で魚を売るぞ」という意気を感じた。魚、塩辛、筋子、ふかひれスープなどを買いこむ。

今回のボラバス、陸前高田で採れたて野菜を買い、気仙沼では魚を買った。お買い物ツアーみたいだなと感じる人もいるかもしれない。が、現地に行けばわかるけど、どちらの店も荒れ野にようやく出てきた貴重な“芽”。被災地で、「その土地でつくられたものを買うことができるようになった」喜びはちゃんと味わっておかないと、と思う。

2号車に戻ると、華やかな感じの母娘が社長と楽しそうにおしゃべりをしていた。
2人は気仙沼にお住まいで、先週一関で「手を貸すぜ 東北」号を見かけて感動し、その様子をブログに綴っていたCocoさん( 夏を楽しむ♪今を楽しむ♪ – にこにこ♪たんたん♪ )とその娘さんだった。レーベン隊が夕方に気仙沼プラザホテルに着くと聞きつけ、“アポなし表敬訪問”されたのだ。
このときの様子、CoCoさんは早速ブログに書かれている( 手を貸すぜ 東北♪ – にこにこ♪たんたん♪ )ので、そちらも参照。

毎週のボランティアで、「役に立てた」や「今いち」など色々な感想を抱くが、こうやって現地に伺うことでテレビや新聞では得られないものを見聞きし、感じ、さまざまな人とのつながりも生まれている。この日も、お話の中で震災当時の気仙沼の様子や(ここに書くことは相当ためらうような内容)、避難所暮らしとなった人とそれ以外の人の意識の違いなど貴重なお話を聞き、ただ口をつぐむしかなかった。

みんなで集合写真を撮った後、気仙沼港を出て行くフェリーに手を振るボラバスのメンバーたち(大塚さん撮影)。

集合写真後、フェリーに手を振るみんな

集合写真後、フェリーに手を振るみんな

なんだかよくわからないけど、お手伝い後の爽快感や高揚感がよく出ている写真だと思う。
改めて、こういう変化の一部になれていることに誇りを感じる。

また来週も、お手伝いに行きます!

あ、最後に。

【猫好きのための情報】
長者原SA(上り)で、アビシニアンみたいな柄(だけど和猫体型)の猫と交流してきたよ。今回で3回め。人懐っこくてかわいい奴です。探してみて。

コメント / トラックバック4件 to “陸前高田市米崎町、「まだ全然終わってない」港でお手伝いの後、新鮮野菜や魚を買う“ミニ復興お買い物ツアー”をしてきた話”

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又してもありがとうと言わして貰います,こんな遠い所で何も出來ないが心の中は何時も氣にかけています,93才の漁師も頑張ってるのを見ると信じます日本はきっと立ち直れる日も近いと,..そして復與支援ありがとうのノボリは感動させられます,…ネコちやんの寫真見えないわ,,

>Aki Tsaiさん

岩手や宮城に行くと「復興支援ありがとうございます」や「これからもよろしくお願いします」といったノボリはよく見るんですよ。それを見ると、忘れまい、また行こうという気持ちが高まります。
あ、猫の写真ですね。次回撮ってきます。(^-^;;

キンキのツアーきてたんですか。例のボランティアツアーかも。

>furuyamaさん

ガイドの女性が「knt!」ってマークを付けてました。
参加者は、まじめそうな若い女性が多かったです。


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