気仙沼の波路上(はじかみ)で1日ボランティアしてきた話

Posted on 2011年5月23日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , |

金曜日の深夜(5月20日)、ボランティアバスで2回めの宮城県気仙沼市へ。
以下、簡単な報告です。

これから気仙沼行ってきます。

24時につくばを出たバスは、途中サービスエリアなどに寄りながら、早朝に宮城県の気仙沼に着く。バスの中から朝日を見る。

夜明け Volunteer Bus to Kesennuma, Miyagi pref. (Japan quake)

今回ボランティア作業をする場所の少し北、長磯森という地区から臨む海。
海や岸壁はまだ元通りになっていない。港にトラックが瓦礫どんどんを運び、仕分けしているようだった。

気仙沼(波路上)でボランティア Kesennuma, Miyagi pref. Deeply damaged area by the Tsunami of Japan quake

今回お手伝いしたのは、波路上(はじかみ)という地区。
大きなエリアでは階上(はしかみ)という名前で(「陸前階上」という駅もある)、このあたりは波路上(はじかみ)というそうだ。

広い、田んぼの本当に広い領域が、まだまだ瓦礫や残滓だらけだ。
そして、波路上に向かって歩いていく途中で、まず最初に魚市場のような魚の強い臭いがしてきた。続いて、強い風に乗って糞便のようなキツい臭いがやってきた。

気仙沼(波路上)でボランティア Kesennuma, Miyagi pref. Deeply damaged area by the Tsunami of Japan quake

今日はここに、微生物による消臭作用を促進する「EM剤」というというものを撒くお手伝いをする。
業者の方が軽トラックに積んできたものには、車からの散布用タンクの他に背負って散布するタンク、希釈してバケツやじょうろで撒く液、おがくずと共に撒くものがある。これをボランティア20数人で、徐々にエリアを広げながら撒いていく。

実際に作業を始めてわかったが、木材、家具、生活道具などの残骸に混じって、漁港から散乱したのか、半ば干からびた、あるいは腐乱した魚が至るところに散らばっている。さんま、いわし、鮫? 切り身も。箱詰めされていたのかひと固まりになっているものが多い。袋詰めのままどろどろになっているものも。ともかくそれらが強い腐臭の元で、田んぼの水溜まりがすごい臭いを出していた。

気仙沼(波路上)でボランティア Kesennuma, Miyagi pref. Deeply damaged area by the Tsunami of Japan quake

ぼくはバケツを担当し、瓦礫をよけながら田んぼの中に液を撒いていった。半ば崩壊したあぜ道を注意して通りながら、徐々に遠くまで行く。雲はやや出ていたが、午後は日差しは強くなり結構頭がふらふらした。

15時、作業終了。その頃には臭いが少し薄まっているような感じもした。が、風向きや慣れのせいかも。
ちなみにこのEM剤の散布は気仙沼の別の地区で効果を実証済みで、一週間ぐらいで臭いが消えるんだとか。

休憩時間に、ボランティアセンターの人に少し話を聞いてみた。

今気仙沼では、平日は100人、休日は200人ぐらいのボランティアが活動中。ゴールデンウィークは多かったが、それ以降は減った。が、ボランティアがやることはまだまだ沢山ある
あとどれくらいの期間ニーズがありそうですか? と聞いてみると、3ヵ月か6ヵ月か、予測がつかないとのことだった。

また食料などの支援物資は足りていますか? と問いに避難所は十分足りている、と。石巻などでは自宅避難の人には十分食料が行きわたっていないケースもあると聞きましたが、と聞くと、気仙沼でもあるかもしれないが把握はしていない、とのこと。

作業には地元の波路上の農家の方も参加していたが、こんな話をされていた。

津波は、海沿いにある4階建ての高校の建物を超えてやってきた
(以下の写真参照。この建物だけが残っている)

気仙沼(波路上)でボランティア Kesennuma, Miyagi pref. Deeply damaged area by the Tsunami of Japan quake

このあたりの14ヘクタールある田んぼのうち、10ヘクタールが津波でやられた。田んぼの間に家屋もあったが根こそぎ流されてしまい、60人ぐらいが亡くなった。
用水路が詰まってしまったので、この田んぼを開いたときと同じく、復旧には50億円ほどの費用がかかるだろう。

ぼくらの作業地域よりさらに海寄りの方の田んぼで、警察官が雪崩のときに使うゾンデ棒(遭難者を探る長い棒)のようなもので丹念に瓦礫の間を突いていたのを思い出した。まだ行方不明の方がいるんだろう。

気仙沼(波路上)でボランティア Kesennuma, Miyagi pref. Deeply damaged area by the Tsunami of Japan quake

津波にやられ、瓦礫が散乱している場所にたんぽぽが沢山咲いていた。また、なぜかねぎだけがすくすくと育っている畑がいくつかあった。

なお、今回は山用ボトルに水を入れていっただけで、飲み物、おにぎり、パンなどは全部現地で買うことにした(前回は買えないかも…とビビっていたが、コンビニやSAは普通に営業しているとわかったので)。サービスエリアでも積極的に飲み・食べ(笑)、お土産も買った。これも宮城や福島への貢献のひとつってことで。

Volunteer Bus to Kesennuma, Miyagi pref. (Japan quake)

関東から10~12時間の移動時間を費やして宮城で1日だけ、5時間のボランティアというのはすごく効率的とはいえない。
合理的に考えるなら、被災地以南の人たちはもっともっとお金を出し被災地にすでに拠点を置くNGO・NPOなどに寄付したり被災地近郊の人たちを雇うなどして、復興のために働いてもらう仕組みをつくるのが妥当だろう。

が、自ら現地に行って働いてくることには「見てきたことを周りに伝える」という意味もありそうだ。

もうあまり新奇なニュースがないからか、テレビが被災地の情報を伝える時間は減った。ぼくらの日常生活で、岩手・宮城・福島の被災地のことを話題にする機会もどんどん減る。一方でネット上では支援が届いていない地域の声が聞こえる。NGO・NPOなどが長期的に支援を続けるためには人・モノ・カネが必要だ。各地のボランティアセンターも人手がまだまだ必要だと言っている。

世界の難民問題や人権侵害問題でもそうだが、「多くの人に知られない問題は手を差し伸べられることもない」と思う。
やがて政府や自治体がどうにかするだろうが、震災から二ヵ月以上が経って、以前と同じ消費生活に戻りはじめた東京と、気仙沼で目にする荒廃した風景が同じ日本の中にあることはやはりおかしい。多くの人が知り、お金を、モノを、手をまだまだ差し伸べる必要がある。

というわけで、また行って書きます。

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始めまして,ボランテ亻ヤを一日でもご苦勞樣でした…私はもう年でそしてこんなに遠いので何も出來なくてご免んなさい..心では何時も痛めて在ります….

ブログを拝見しましたが台湾にお住まいですか?
気にかけていただき、ありがとうございます。

nakanoさん,失礼しました.コメン卜を頂いているのを知りませんでした,コンピウタが少し古くなって私の大好きな日本文か消えたりして困っていました,英文は少ししか讀めない.そして中文は讀めますが少しだけ書けます,私は書く事大好きです讀む事も,近く新しいコンピウタを買ってやり直します,よろしくお願い致します,..

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