最後は星野工さんのムックリと居壁太さんのトンコリ共演(「アイヌ民族の文化と歴史をふりかえる」講座)

Posted on 2010年11月21日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , |

「アイヌ民族の文化と歴史をふりかえる」講座(明治大学リバティアカデミー)、最後の回は星野工(ほしのたくみ)さんと居壁太(いかべふとし)さんを迎えての語りと演奏だった。

居壁太さん(トンコリ), 星野工さん(ムックリ) (明治大学リバティアカデミー「アイヌ民族の文化と歴史をふりかえる」)
右:トンコリを演奏する居壁太さん 左: ムックリを演奏する星野工さん

お二人については断片的に知っていたし(といっても居壁さんがOKI率いるOKI DUB AINU BANDのメンバーだということも初めて知ったレベル)、アイヌの楽器であるムックリやトンコリについての興味も高まっていたのでとても楽しみにしていた。

お二人のお話、伝わってくる人柄、そして星野さんのムックリと居壁さんのトンコリの共演まで、とても印象的だった。

聞きながらのメモを、あまり推敲せずにシェア。

星野工(ほしのたくみ)さんのお話

北海道の浦河で生まれ育った

こないだの平田幸(ひらたみゆき)さん(注:以前登壇され、アイヌ舞踊とムックリ演奏を披露。ムックリの音は未知の感動だった)のおじいさんである山本太助エカシの下で木彫りを学んだ
現在、東京アイヌ協会の会長をしている
居壁太(太っている方)は弟さん。弟はOKI DUB AINU BANDで音楽活動もしている

4人兄弟、男ばかり、俺二男、弟は三男

よく聞かれるが、アイヌの活動が嫌で「星野」姓になったのではない
嫁さんが長女で星野を名乗りたいというので

オヤジは出稼ぎ、保育園に行く前から煮炊きができなければならなかった
桶で川に水を汲みに行ったり

子どものころ自分がアイヌだとは知っていたが、なんのことだかわからなかった
貧乏人がアイヌなのかな、と思っていた
一方で、裕福なアイヌは俺らを見下げるようなこともあった
国から与えられた土地で米を作っていた

冬場には燃料代を農協に借金しなきゃならないほど貧しかった
自分たちが作った米だが、ひと冬に1回か2回食べられればいいぐらい
裏なりの(出来が悪くて出荷できない)かぼちゃを、乾しておいて食べる
たまに米粒や麦が入っていると「うわぁ」と驚くような生活だった

中学を出て、高校へは貧乏で行けず東京へ集団就職に
大田区の大森の鉄工所に就職した
3回のボーナスがあるということ、飛行機に乗ってこれるのが魅力的で

浦川から4人で来た
残業残業の毎日。定時で上がって定時制に行く人より給料がどんと安い
社長は北海道出身の人で、アイヌだとわかっている。だから安かったと思う

それでも兄弟で食い物を分け合って暮らすのと比べればさ

東京ウタリ会の宇梶静江(うかじしずえ)さんの掛け声で東京のアイヌが集まるようになって
私は詩集からはじめた。
レラの会の佐藤たつえさんに「木彫りをやりたいな」と言ったら「私の弟のところへ行って来い」と

(山本エカシに師事)
(当時、木彫りの土産物はよく売れた)

観光で北海道へ行って木彫りの熊などを買った皆さんはだまされたんだろうけど
ほとんど機械で作ったものです
冬場作って売るより仕入れた方が安いから

最近だと若いアイヌがまた木彫りをはじめているけど

タスマニアに行った話
オーストラリアのオリンピックの時期に

60年ぐらい前、タスマニアではアボリジニは人間扱いされていなかったと
動物と同じに鉄砲で撃たれていたと

イギリス、アボリジニを同化させるために子どもを強引に持ってきて囲いのあるところで育てる
アボリジニ語をしゃべると「汚い言葉をしゃべった」と口に石鹸を入れられる

船を作るのにいい場所だから男たちは連行されて作らされる。その後銃殺される
女性は犯されて…
今、白人化してしまっている
アル中、ドラッグ中、更生させようとしているが

彼らの昔の居住地のそばまで開発され、木を伐って、チップになって日本に来る
トレーラーいっぱいのチップが100円しかしないんだと
10人いても一回りしないような大きなユーカリの木を伐採して
みんなこっち(日本)に来ているんだと

伐採したら木を植える、それはいいんだが
小動物が芽を食べるからと毒を塗っている

雨で毒が川に流れる
川にでっかいロブスターがいるが、少なくなっている

人間ってなに考えてるんだろうなぁ、と

向こうの人にアボリジニの暮らしどうしたらいいだろうね、と質問されたが
ある村はドラッグ中毒、アルコール中毒の人ばかり、彼らの家の中には何もない
州がやっているスーパーが一軒ある。値段は普通の5倍、10倍。品物の状態も悪い
国がお金を落として(援助して)いるがそこで回収する、というのが見え見え
飼い殺しにしてるんじゃないかなぁと思うところもある

首相が謝罪して
去年の5月に行ったときは、アボリジニを伸ばす、とメルボルン大学の先生たちが活動しだした
先生だからと上に立たずに

専修大学の先生方と、アイヌもそうしようよと言っているところ

(アイヌの)若者は年寄りの話を聞かなくてさ
踊りだってちやほやされるもんだからすごい踊りをしている。「え、これアイヌの踊りかい?」と

有識者懇談会、東京地区にアイヌのイウォル(自然と一体になった生活空間)を作ろうと

アイヌ人、知っているでしょうけど、北海道3万、東京2,500人、関東で5,000人といわれる

(各地の学校などを回ってこういう話をしているが)
「うちのお父さんアイヌです」とめんこい子が来たから一緒にやろうよ、と

今あるのは先祖がいたから。両親2人、その上に4人と、その上にはすごい数の先祖がいる
アイヌ・ネノ・アン・アイヌ(人間らしい人間になりましょう)と
つながってるんだよ、と

われわれも弱い立場なんで
ぜひこれからも広めてもらって
がんばりますから、よろしくお願いします

居壁太(いかべふとし)さんのお話

イランカラプテー(あなたの心にそっとふれさせてください)

これはアイヌの象徴的なあいさつだと思っている。すべてに感謝の気持ちを、と

言葉に出さないときでも、気持ちを持ってこういう動作(両手ですくうような動作)を
エカシ、フチたちは特に重んじている
こういう考えを広めていきたいな、と思ってます

アイヌは元々文字を持たない。大正時代ぐらいからカタカナかローマ字で書きはじめたようだ

「アイヌ」は大切な言葉
アェ・イヌ(我、人間なり)
カムイに対してアイヌ
カムイとは、人間の力が及ばない、人間のためになってくれるすべてのもの
衣服も暖めてくれるからカムイです。筆記用具だったり机だったり、すべてがカムイです

「我、人間なり」とは、カムイに対して恥じない生き方をする人間のこと

日本の歴史の中で、北海道に出てきた蠣崎氏に聞かれて「アイヌ(我、人間なり)」と答えた
それが呼び名になり、さらにだんだん蔑む方向になった
明治時代には劣等民族というレッテルになった

しょうがない時代でもあった。
ロシアに対して北海道は日本だ、住んでいる人は日本語をしゃべっているだろと主張するために

女性の口や手の甲の刺青、男性の耳飾り、アイヌ文様など、抑圧されほとんど消えていった

アイヌ文様のトゲは魔除けの意味がある。ぐるぐるは魔物が目を回して去ってしまう

俺がアイヌ文化に興味を持ったのは…

小さい頃、差別されるのはただ貧乏だからだろうと思っていた
よくよく考えると貧乏人はほとんどアイヌばっかりだった
おふくろは「日本人、朝鮮人、中国人といるだろ。お前はアイヌに生まれただけだよ」と説明してくれた
おふくろもアイヌのことをちゃんと教えられない世代だった

名前だけでもアイヌだってわかる
「居壁(いかべ)」は元々場所の名前。イカペッという場所にいた
イカ=水の多い場所
ペッ=川、北海道の地名によく出てくる「別(べつ)」

「平野」という名前も多い。本土によくいる名前だからいいだろう、と
元は「ヌプカッ」、平らな野原という意味。それを解釈して「平野」にしてやるよと
平野の方が和人みたいな名字だから、子どもの頃うれしかったらしい

北海道の地名が、もうアイヌ語を話すみたいなものだもんね

札幌(さっぽろ)は元々サッポロペッ
サッ=乾いた
ポロ=白い
ペッ(と昔はついていた)=川

白老ポロトコタンのように、まったく意味の違う漢字を当てている例もある
白老(シラウオイ)は元々「虻が沢山いるよ」と言っている
ポロ=広い・大きい
トー=沼・湖

登別温泉の登別は「ヌプペッ」と言っていた
ヌプ=硫黄分があるよ
ペッ=川

富良野は「臭気漂う場所だよ」と言っている
十勝岳から硫黄の香りが漂ってくる

北海道の地名、6割ぐらいかな、アイヌ語が元になっている
日本の漢字は意味があるはず。なのに無理に関係ない漢字を当てはめたのは失敗だったんじゃないかな、と

アイヌ文化を伝承しようかな、と思ったのは
萱野茂先生が国会議員になられて、東京でいろいろお話を聞かせてもらって勉強した
山本太助エカシ、葛野辰次郎エカシは心の中の先生

一番感動したのは
エカシ(尊敬されるべきおじいさん)、フチ(尊敬されるべきおばあさん)。フチの方がちょっと上かな?
尊敬されるべき、といっても昔は当たり前だったが

エカシ、フチが子どもだち、孫たちに何回も何回も物語を聞かせる

ユーカラ(道東ではサコロペ)
ウェペケレ(昔話)
トゥイタク(言い伝え)

カムイユーカラ(神謡集)は、口承文学としてギリシャ文学に匹敵するぐらい評価が高い
知里幸恵さん、ユーカラをローマ字表記、きれいな表現で日本文にし「アイヌ神謡集」を出した

ウェペケレは日本の昔話と結構似通っているもの(勧善懲悪、正直者が金持ちになるなど)が多い

伝えていることは命の大切さ
動物、植物、水、空気、命を維持するために犠牲になってくれる命
自分のために命を捧げてくれる動物たち、植物たち。アイヌは特にそれを重要視する
命は自分だけのものじゃないよ、一人ひとりが使命を持ってきていると
自分一人じゃ生きられないよ、と。親、兄弟、近所の人、沢山の人が自分を支えてくれているよと

コシャマイン、シャクシャイン、クナシリ・メナシ
アイヌは和人と戦ってきたが、どれもアイヌ側が負けている
命の大切さゆえにエカシ、フチたちがやめさせている

うちのバンドの代表曲でもある「ウトゥワスカラッ」
ウ=おたがいに
トゥワス=信頼する・愛する
カラッ=しましょう

自分をへりくだる。まず相手のことを考える。相手の痛みを感じる
地球上のすべての人の先祖に感謝しよう、と

地方の精神文化、日本にはすばらしいものが各地にある
アイヌもそのひとつとして世界に広めていきたい

音楽を通じてDUB AINU BANDで
「ウトゥワスカラッ」を一番広めたい

日本各地、小学校中学校高校などをまわらせていただいているが
自分たちだけじゃないよ、と

アイヌの伝承を広めると共に
経済大国になった日本の
精神のいいところを広めていきたいな、と

(注:演奏前の楽器の説明など)

ムックリ、昔は女性のものだった
自然の中で人に聞かせるのではなく自分で楽しむもの
竹、昔は木(サビタの木?)のものもあった

好きな相手ができたら、お父さんお母さんがいないよ、と連絡する道具でもあった

トンコリ、北海道アイヌはカー(糸を張ったもの)と呼ぶ
元々は樺太アイヌのもの。強制的に北海道に移住させられ、トンコリも入ってきた

たとえばアイヌ文様はシベリアのものとかなり似通っている。文化的な影響もかなり受けている
トンコリもいつごろ手にしたかわかっていない

アイヌはトンコリを人間と同じように考える
顔、耳、心臓の丸い石(トンコリラマー=魂)、弦が血管

元々シャーマンが呪術に使っていたらしい
アイヌ語ではトゥスクと呼ばれている人
同じフレーズを繰り返し、高揚していく。そしてお告げを

イケレソッテ(魔祓い)といって、悪いカムイを追い出すために家の中を歩きながら弾いたりもする

(終わり)

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