「ウェブとアクティビズム」について考えていく宣言

Posted on 2010年10月4日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

(これはほぼ完全に自分のために吐き出しておくもの。)

http://nakano.tumblr.com/post/1241042825

ルイ・ヴィトンの抗議は筋として正しい。ただ美術家にとっては、抗議によって作品の狙いが達成された面もあるのでは

今日、ニュース記事のこんな一文に胸がざわついてしまった。
アート・表現×アクティヴィズムという文脈で考えてみると、なかなか痛快だと思うからだ。

ぼくはウェブ屋だが、自分のスキルでお金を稼ぐだけでなく、自分にとって気がかりな「公」や「社会」の問題に自分のスキルをもって献身したいという思いをある時期から強く持っている。

自分では真剣だ。ふざけていない。
しかし数日前、提供したいと思って磨いてきたその中身については、「侮っていたんじゃないか」と気づいた。顧客企業への提案のために競合・参考企業を多数見た後で、ノンプロフィット界隈のウェブを見たとき、その気づきはやってきた。こういうものだ。

  • NGO/NPOやコーズ系プロジェクトのサイトは、自分が仕事で扱う企業・商用サイトよりは「遅れている」ので、そのノウハウを(先進国の技術を後進国に輸出するように)卸していけばいいだろう、と今まで考えていた。NPOの人などに相談され、そういう視点でのアドバイスをしたことも沢山ある
  • それは限定的に正しい。ノンプロフィットのサイトに、企業サイトのノウハウを適用できる面も確かに多いから
  • しかし、ウェブ×公・社会の問題ウェブ×アクティビズムという文脈で考えてみたとき、質が違う、もっと深いノウハウみたいなものがあるはず。それは先例を凝視すれば見えるだろう。さらに、新たに開発も可能であるはずだ

要は「ウェブ×アクティビズムの可能性をナメんな」ってことだ。自分に言ってるんだけど。

ぼくは今年、

先住民族とアート・アクティヴィズム│PARC NPO法人アジア太平洋資料センター
http://www.parc-jp.org/freeschool/2010/kouza/kouza_10.html

って講座に通っている(メモの例がこれ)。各国の先住民族の現況がオベンキョできたら…ぐらいの動機だったんだけど、(関係者には失礼ながら)「アートでさえアクティビズムの武器になる」、いや「アートだからこそできる戦い方がある」ってことに驚いた。直接的にはこの体験が、じわじわと自分の「ウェブというツール」の捉え方に変容を迫ったんだと思う。

ってわけで、ぼくはこれから「ウェブ×アクティビズム」(「アクティビズム」であって、流行りの「ソーシャル・アクション」ではないんだよなー。理由はまた今度)の可能性について(飽きるまで)考えていく。このネタでブログを書くときは「アクティビズム」のタグを付けることにしよう。

コメント / トラックバック1件 to “「ウェブとアクティビズム」について考えていく宣言”

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中野さん

にっくです。とても興味深く拝見しました。
言葉は違うけど、僕も「ウェブ×アクティビズム」的な活動には強く興味を持っています。

僕は実は、大学時代、大学の生協のお手伝いをしていた時期があって、勉強会やらイベントやらに携わっていたのですが
(食品添加物が生活に与える影響、とか、生活者視点での勉強会のようなもの)

「金銭的な報酬なしに、勉強会を開いたり、活動を行う」アクティビティのモチベーションがどこにあるのか、不思議に思っていました。

そのとき、自分がなんでこんなことをしているのかも不思議だったし、他の人達が活動する理由も、なかなか上手く説明できず不思議。

ここ数年は、インターネットの世界に生きていますが、オープンソースプロジェクトなど、ネット上の共同作業にも、強い近似性を感じています。

経済合理的ではないけれど、ある瞬間に、方向性とか目的を共有したときに、思いのほか全く会ったことのない他者と連帯する感覚というか。

この辺は、ソーシャルネットワークのつながりとは別物なんですよね。マイミクやフォロワーの多さとはあまり関係ない、という感覚。

政治的でもない、経済的でもない、あのアクティビティはなんなのだろう、と時々思います。


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