[早稲田] FYI:「茶番劇に協力する大学に、情けないを通り越して(…)

Posted on 2008年5月10日. Filed under: 未分類 | タグ: , , |

早稲田大学・水島朝穂のホームページ 緊急直言 胡錦濤主席の早大訪問歓迎せず
http://www.asaho.com/jpn/coverright.html

チベット問題が起きて、オリンピックの聖火リレーは、中国と北朝鮮を除くほとんどの国で混乱した事態をもたらした。「政火」のリレーとなって、「政治的火の粉」は全世界をめぐった。それだけ、中国が行ったチベットでの弾圧政策は世界中の心ある人々の怒りをかっているのだ。そうしたなかで、チベット事件以来、初めての外国訪問となる日本。そして、講演としては早大が初めてとなる。これは、胡錦濤氏が世界に向けて、自己の立場と行動を正当化する一大デモンストレーションの場として利用されるだろう。

外務省からの依頼があったとしても、これだけ世界がチベット問題や人権問題について関心を高めているときに、大学としての見識を示すべきだったと思う。福田首相は早大出身である。あの森喜朗元首相もそうである。
いま、日本も、日本政府も、早稲田大学も、世界中から注目されている。本当の友人というのは、相手にはっきりものをいう関係、いえる関係である。 だが、政府の対応にも、大学の対応にも、「人権」に対する毅然とした指針がみえない。

知ること、探究すること、考えることについて、「学問の自由」ってのがあったよね。
それを担保するために、大学には為政者や行政の干渉に対抗できる「大学の自治」権ってのがなかったっけ。んで、大学には、その自治を実現するための意思決定の仕組みがあったはずだよね。

そういうの全部、すっ飛ばしたわけか。

こういう大学が出身校じゃなくてよかったなぁ。落ちたけど。;^)

//MadBooさん、ポインタありがとう。B’>

コメント / トラックバック5件 to “[早稲田] FYI:「茶番劇に協力する大学に、情けないを通り越して(…)”

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学校の姿勢としては最悪でしたね。ほんと拒否してほしいですよ。そういう意味では勝谷さんが少なからず影響与えてるかもしれませんが、善光寺はきちんと対応したんじゃないでしょうか。僕もこの大学の出身じゃなくてよかった。受けてもないんですけど。

初めまして。失礼致します。わが母校のこの愚かな対応に、絶望しました。情けないです。学の独立と在野精神が阻まれ、万人に門戸を開く大学の門はとざされ官憲の、大学自治への介入には、憤慨と絶望を感じております。sozoさんに早稲田は、おおっぴらに愚弄されても致し方なしと思えますがあたしはあたしなりに、小さいですか、できることはやったつもりでおります。まだまだ無関心やこの大学出身じゃなくてよかったとよそ事になさられず、どうかどうか人権蹂躙や、武力による弾圧への抗議を個人レベルからお力をお借りしたい限りでございます。横から失礼致しました。

@takeratta(tm)さん
コメントありがとうございます。
このブログはカジュアルな走り書きを置いている場所なんですが、コメントもらったのでちょっと補足しますね。
今回の早稲田大学がやったことは、世界が注目する中、中国政府に対して積極的に肯定のメッセージを送ったと見られかねない行為でしたね。すごく残念です、
ぼくの思いこみかもしれませんが、大学が人を招聘することには、学問や文化や人道上の貢献など、政治や行政とは違うスタンスで称えたり、ときにはそのことがが政治的メッセージになる、といったものかなと思っていました。ぼくの出身大学の例ですが、マザー・テレサやレフ・ワレサなどを招いていた記憶があります。
takeratta(tm)さんは、チベット問題に真剣にコミットされているようですね。尊敬します。ぼくも今、チベットについて勉強しながら、自分ができることは何か模索しているところで、実は昨日、ダラムサラなどにあるチベット子供村(TCV)支援の申し込みをしてみたところです。
またいろいろご指摘・ご意見などください。

nakanoさま政治、民族問題、人権と難しいテーマゆえ、コメントではなく、メッセージ送信にしようか迷いつつ、コメント欄を汚してしまいすみません。思うのは、個人個人が無関心から、自分の国際化を迫られるのかなと最近おもうようになりました自分はチベットの子供達の夢を描ける未来と、笑顔、、ただそれだけのためにできることを、葛藤しつつもやれることをやるしかないと思っています。TCVへのドネーション、こころより敬服いたします。

> 自分の国際化を迫られるのかなと
あー、「自分の国際化」というのはいい言葉ですね。ぼくも腑に落ちます。
ネットでは、強い関心はなくてもちょっと手繰り寄せるだけで情報は入ってくる。それらを自分の中でどう噛み砕き、見取り図を作っていくのかが肝心ではないかということを、最近よく考えます。
すべてに関心を注ぐことはできませんが、ぼくらが歴史で習ったような非道や蹂躙などを少しでも知ったときには、より知識を深め、行動するよう自分を仕向けていきたいです。


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