2012年最後の東北ボランティア、南相馬市小高区で(ボランティアチーム援人)
12月22日(土)、今年27回め(だいたい合ってるはず)にして2012年最後の東北でのお手伝いを、南相馬市小高区で終えた。
小高区の南相馬市ボランティア活動センター、朝礼の様子。この日は個人ボランティア、大型バスツアー2台、東京電力の社員ボランティアを合わせて200人ほどだった。
お手伝い先は小高区大井。国道6号線より海側で、海までは500mほど。このお宅はやや高台なので地震の被害だけだったようだが、付近の低い地域の一軒家はほとんど津波にぶち抜かれ、電柱は曲がったり折れたりしたままだった。
全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )南相馬市小高区耳谷で草刈りボランティア(と、マッサージチェアを贈った仮設住宅を訪問)
2012年12月15日、援人隊はミニバンの7人チームで南相馬市小高区へ。
雨の中、小高区耳谷で草刈り
朝の小高ボラセン(南相馬市ボランティア活動センター)の様子。
今回のお手伝い先は小高区耳谷(「みみがい」と読むのだと、作業中に挨拶に来られた行政区長さんから教えてもらった)。
小高のボラセンを度々訪れる犬、通称「ミツオ」。
お手伝い先へ向かうとき、車窓から見た景色が印象に残っている。田畑や道端などの多くの場所で、草がきちんと刈り取られていたのだ。ボランティアによるものもあるだろうが、この地区では地元の人たちが何度も草刈りを行っているとのこと。今の小高はまだ人が住むことはできないが、このようにしっかり手入れされていると、やはり眺めていても気分がよいものだ。
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大きな余震再び、南三陸町戸倉でお手伝い、のち大雪(DSP災害支援プロジェクト)
2012年12月7日(金)、3.11震災の余震というにはあまりに大きな、M7.2の地震が東北を再び襲った。石巻で1mの津波、牡鹿半島の鮎川でも1mの津波と心配なニュースが入ってきた。
そんな中、現地の情報を追いながら、その夜に出発することになっていた南三陸町へのお手伝い便をどうしようか迷った。が、金曜日21時の時点で、南三陸町では避難勧告・指示などは全て解除された。受け入れ元であるDSP災害復興支援プロジェクトさんと協議したところ、バス会社系のボランティアバスは全部中止になってしまい、明日はぜひ人手が欲しいという。そこで、余震などに警戒しながらも東北へ行くことにした。
早朝、石巻の上品の郷で朝食を購入。雪がうっすらと積もっている。
コンビニで買った河北新報の一面には、昨夜の地震が大きく取り上げられていた。東北で「津波警報」が発令されたのは昨年の4月以来、実に1年8ヵ月ぶりだという。あの震災の恐怖が、多くの人の胸中に蘇ったはずだ。
南三陸町戸倉でのお手伝いは、宅地跡の細かな瓦礫拾い(といっても大きな砕石などもごろごろ)。20人ほどの参加者が列になって拾い、分別していった。
全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )石巻の釜谷・長面地区で「不明者捜索」のお手伝い
10月14日(日)、ボランティアチーム援人のワゴン援人号、石巻市長面(ながつら)でのお手伝い記録。
いつもと違って土曜日夜に出発、日曜日にお手伝いという旅程で、10月8日から石巻市や県警による本格的な不明者捜索がはじまった長面(ながつら)地区にお手伝いに行ってきた。
石巻市の水没地区で不明者捜索へ 84人犠牲の大川小近く:47NEWS
http://www.47news.jp/CN/201210/CN2012100501001999.html
東日本大震災の津波と地盤沈下で大半が水没した宮城県石巻市の長面地区で、市と県警などが8日から行方不明者の本格的な捜索を開始する。県による排水作業が進んだためで、震災から1年半を経ての大規模捜索となる。
長面地区の近くには児童・教職員84人が犠牲となった大川小もある。
同地区はDSP災害支援プロジェクトが精力的に活動を続けていて、土日2日間のお手伝いを企画していたチームけっぱれ の山口さん(援人で一緒に活動するメンバーでもある)から「日曜日は人手はあればあるほどいい」と教えてもらい、急きょ日曜日のみワゴンでお手伝いに行くことを決めたものだ。
泥出しや被災財の片付けとは違う「不明者捜索」のお手伝い。津波で多数の児童が亡くなった大川小学校がある釜谷地区や、未だにインフラが完全には復旧していない長面地区では、未だに見つかっていない行方不明者を探し出せる可能性があるという。
五感を研ぎ澄まし、しっかりお手伝いをしたいと思った。
早朝、大川小学校前に着く。集合時間にはだいぶ早かったので、まずは慰霊碑の前で祈り、壊れた校舎や背面の山を眺めながら佇んでいた。するとぼくらの方に、地元の方が静かに歩いてきた。
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南相馬市小高区(旧警戒区域)で個人宅の瓦礫片付けのお手伝い (ボランティアチーム援人)
2012年5月19日(土)、前日夜に東京を発った「ワゴン援人号」の8人は、南相馬市ボランティア活動センター(旧:仲町ボランティア活動センター)の下、旧警戒区域である小高区(おだかく)の個人宅で瓦礫片付けのお手伝いをしてきた。援人として警戒区域解除後の小高区にお手伝いに行ったのは、今回が初めてだ。
朝、センターに集まった70~80人全員が小高区のニーズのお手伝いに向かった。
お手伝いをしたXさん宅は、海までの距離が600mほど。そして福島第一原発までは約15kmの距離にある。
全文フィードを読む | Make a Comment ( 2 so far )南相馬で瓦礫片付けのお手伝いをし、満開の桜を見る (ボランティアチーム援人)
マイクロ援人号4月20日便は、継続的にお手伝いしている福島県南相馬市に行ってきた。
現場は鹿島区大内の大光溜池。3月にも行った現場の継続だ。マッチングの際に真っ先に指名されたから、センター長は援人がお手伝いした現場だと覚えていたのかもしれない。
だいぶ片付いている様子も見えたが、瓦礫が多く残されたあたりに入り込もうとすると泥濘に足を取られ、作業終了後に多くのメンバーは泥まみれになっていた。
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